不通

望乃奏汰

頬に冷たいものが当たったかと思うと、突然大粒の雨が蛇口を捻ったかのような勢いで降ってきた。

「うわぁあぁ!!!!!!」

思わず叫びながらどこか雨を避けられる場所を探す。


ここは寂れた町の海沿いの道。屋根のある場所など見当たらなかった。と、少し先に何やら大きな箱のようなものがある。駆け寄ってみるとガラスに四方を囲まれたそれは映画などで見た事のある電話ボックスというやつのようだった。本物を見たのは初めてだった。

そんなことよりとにかく今は雨を避けたかった。

「なんだこれどうやって入るんだ!?」

ガラスをバンバンしていると手が引っかかる場所があり、手前に引くと開いた。

すぐに入ったものの、制服も髪も何もかもべちょべちょになってしまった。

「あーもうマジ最悪!!」

外の雨はますます強くなり、洗車機の中にいるようだった。

電話ボックスの中の湿度は不快指数MAXだったが、これでは出るわけには行かない。

スカートを雑巾のように絞りながらふと、目をやれば鮮やかなきみどり色の機械が置いてある。これが、公衆電話、、、


普段スマホしか使わないのでこれが同じ電話だとは思えなかった。ガチャピンみたいだ。

どうやって使うのだろう。液晶パネル無いし。このボタンを押すのか? 本当に使えるのか?

使い方がマジでわからなかったので下手に触らないようにしようと思った。


ところで、自分のスマホは、、、?

恐る恐るカバンから取り出してみると幸い水濡れは免れたようだが、電池が3%しかなかった。充電器は持ってきていない。昨日の夜充電器を充電してそのまま家に置いてきてしまった。

「マジかよぉ最悪、、、」

現代においてスマホがないと言うことは死を意味する。インスタやLINEが見れないのはキツい。YoutubeやTikTokが見れないのにどうやって時間を潰せばいいのかわからない。

諦めてカバンにスマホを放り込んでガラスの壁にもたれる。

雨はまだ止みそうにない。

こんなことなら学校なんかサボらなければよかった。



昨日電車で目の前に立ってたおっさんがカバンをがんがんぶつけてきたり体育の時間跳び箱に膝からぶつかってクラス中に大爆笑され一日中ネタにされたり帰り寄ったコンビニのレジで財布出してる間に後ろに並んでたおばさんが自分のレジカゴを横にどかっと置いてきたり観光客の団体が道いっぱいに広がってでかいスーツケースをだらだらと引きずりながら歩いていて進めなくて乗るべきバスが目の前で行ってしまったりそういう地味な嫌なことがあり、今朝も朝から憂鬱で全く学校に行く気がしなかった。


『嫌だったらいつでも逃げていい!自分のことを守れるのは自分だけ!全力で逃げろ!』というようなことをなんか有名なインフルエンサーだかなんだかも言っていたし、無理して学校に行かなくてもいいか。といつもとは反対の電車に乗った。

窓の外にはテレビ台の裏に溜まった埃のようなねずみ色の雲が低く垂れこめていて、当然気圧も低くて頭が重い。こんな日に学校に行く奴の気が知れない。

規則的に揺られる電車の中でいつしか眠ってしまっていた。



気がつくと、車窓の景色はド田舎になっていた。木木木木掘っ建て小屋木木木掘っ建て小屋木木木木木みたいなかんじだ。

「え、どこ?」

車内には他の乗客はいない。

きさらぎ駅に行ってしまうのではないかとドキドキしたが、夏場に海水浴で賑わう駅の名前が車内アナウンスで流れた。よかった。知ってる駅だ。とりあえずなんにも知らない場所で降りるよりマシだ。


無人の改札を出ると駅から海まで民家に挟まれた真っ直ぐな細い道が伸びている。普段海なんて見ないからとても遠くに来たような感じがする。


M駅は近郊の海水浴スポットのなかでも地元の人向けの穴場として紹介されることが多く、シーズン以外は閑散としている。3月の今時期は当然人っ子一人居ないのだった。ましてやこの天気だ。


駅から5分ぐらい歩き、民家を抜けて海沿いの広い道に出ると、ぬるいようなべとべとしたような風が海から吹いてきて、今にも雨が降りそうだった。降水確率150%って感じだ。なんの考えもなくこんな駅で降りないでコンビニでもあるようなところにすればよかった。海は鉛色でところどころ白波が立っている。浜に降りるのはよして道なりに少し歩いてみる。歩いてみて、今電話ボックスに閉じ込められている。



「どないしたらええんじゃ、、、」

相変わらず洗車機の中のような箱の中で途方に暮れていた。後先考えずに雑巾絞りにしたスカートから滴り落ちた水と濡れたローファーで足元の床はべちょべちょになってしまい座ることすらできなかった。湿度がエグい。寄りかかったガラスも曇っているがシャツもなんもかんもびちゃびちゃなので今更結露で服が濡れる程度はどうでもよかった。


ばらばらと絶え間なく50000000000個の豆をぶつけられているかのような雨音は一向に止む気配はない。鬼なら即死だ。

いっそ電話ボックスを出て駅まで走ろうかと一瞬思ったがまぁまぁ距離があるし実際かなり厳しい。


ヘルルルルルル!

ヘルルルルルル!


「うわぁあぁあぁ!?」

突然狭い空間にけたたましく何か甲高い異質な音が鳴り響きびっくりして肩をガラスに思い切りぶつけてしまった。痛い。


ヘルルルルルル!

ヘルルルルルル!


尚も音は鳴り止む気配がなく、パニックになり「出してくれ出してくれぇ!!」と叫びながらガラスをバンバン叩いてしまった。


ヘルルルルルル!

ヘルルルルルル!


冷静になり、これは電話の呼び出し音であることに気がついた。

公衆電話は、向こうからかかってくる事があるのか、、、?


ヘルルルルルル!

ヘルルルルルル!


そもそも普段電話をかけたりしないし取ったりもしないのでどうすればいいのかわからない。映画とかドラマでしか見たことない。このシャワーヘッドみたいなやつを取ればいいのか???


ヘルルルルルル!

ヘルルルルルル!


とにかく呼び出し音がうるさいので何とかしなくてはならない。


ヘルルルルルル!

ヘルルルルルル!


意を決してシャワーヘッドみたいなやつを手に取り耳に当てる。


ガチャ


「も、もしもし、、、?」

『▰▂▔▰▂▉▆_ ﹍』

「・・・・・・?」


外の雨音に混ざってガサガサとした音しか聞こえない。

混線しているのか、間違い電話なのか。

もう一度呼びかけてみる。


「もしもーし、、、? あの、聞こえてますかこれ、、、」

『﹍▂▰- ┉ ▃た。』

「す、すみませんよく聞こえません!! 切ります!!」


がちゃん!


分からないのでシャワーヘッドを元の場所に戻してしまった。


ヘルルルルルル!

ヘルルルルルル!


またかよ!!


ガチャ


「もしもし!」

『﹍▂▰- ┉ ▃した。』

「すいません!全然聞こえないです!なんですか!? ここ公衆電話なんでかけてこられても困ります!私ただの通りすがりの女子高生なんでわかんないす!」


『▰▂▔▰▂▉▆_ ﹍﹍▂▰- ┉ ▃した。▰▂▔▰▂▉▆_ ﹍﹍▂▰- ┉ ▃ました。 ┉┉ -▰▂▔▰▂▉は_ ﹍﹍▂▰- ┉ ▃した。 ▰▂▔▰▂▉▆_ ﹍﹍▂に- ┉ りました。』


だんだん聞こえるようになってきた。

にしてもなんでこの人何回も同じことを繰り返し、、、声も留守番電話のやつみたいだし、変だ。電話かけてきたら普通名乗ったり要件言ったりするはずなのに。


『 ┉ _▰▆▉▆は▔ ┉ ▰-▉▆▂▃に▃▆▉_-▰ ┉ ﹍になりました。┉ _▰▆▉かは▔ ┉ ▰-▉▆▂いに▃▆▉_-▰ ┉ ﹍になりました。┉ _▰▆▉▆はい▔ ┉ ▰-▉▆▂▃に▃▆▉_-▰ ┉ ﹍になりました。┉ _お▰▆▉かは▔ ┉ ▰-▉▆▂いはいに▃▆▉_-▰ ┉ ﹍になりました。』


ダメだ。これはなんか全部聞いたら絶対ヤバいやつだ。意味が分かったらヤバいやつだ多分。


「すいません切りますもうかけて来ないでください失礼します!!」

ガチャン!!


それから電話は鳴らなかった。



「 ・・・・・・ということが昔あって、そっから電話出るのがマジで無理なんだよね。昨日かけてくれたのに出れなくてとってもとってもごめんね。」


キャラメルフラペチーノの入ったグラス越しに彼女は顔の横で手を合わせ斜めに頭を傾けながらウインクし『ごめんねポーズ』をキメたのだった。

それは謝罪や申し訳なさという意思が全く1mmもこちらに伝わってこないのにあまりにも完璧な・・・・・・かわいいなおい。

「あ、、、そうなんだ、、、こっちこそなんかごめん。」


ってかじゃあなんで電話番号教えた。

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