第2話 美味しい石

 怖い。とにかく怖い。何も考えられなくなるほど怖い。

 

 けれど誰も助けてくれない。周りには誰もいない。呼びかけても女神様は応えてくれない。


「なんで、なんで、ボク、何も悪いことしてない」


 そう。そうだろう。悪いことなど何もしていない。突然知らない場所に集められ、異世界に落とされ、ひとりぼっちで森を彷徨っている。


 誰が悪いのか。一体悪いのは誰なのか。どうして自分がこんな目に合わなければいけないのか。とそんなことをグルグル考えながら慎太郎は森を歩いてた。


「か、隠れなきゃ。隠れないと」


 女神様が言っていたことを思い出す。この世界には魔王がいて、魔物がいて、とても危険で、命が危うい場所なのだと。


 死にたくない。慎太郎は思った。思ってしまった。こんなどうしようもないクズな自分なんて死んでしまえばいい、と考えたこともあるのに、今は死にたくないと思っている。


 恐怖には勝てなかった。恐怖が生きることを慎太郎に選ばせた。


 慎太郎は森を歩き続けた。その時間はそれほど長くはなかったなずだが、慎太郎には何時間にも何十時間にも思えた。


「あ、穴だ。あそこなら」


 歩き続けていると小さな洞窟らしき穴を見つけた。小柄な慎太郎が少し背を屈めれば入れそうな洞穴だ。慎太郎は駆け足でそこまで行くと、転げるように穴の中に身を隠した。


 慎太郎はホッとする。しかし、まだ何も解決していない。危機は去っていないし、打開策もまったくない。


 怖い。とにかく怖い。そんな慎太郎などに構うことなくだんだんと日が暮れてくる。


「だ、誰か。誰か助けて、助けてよ……」


 慎太郎は穴の中で小さくなって震える。どうすればいいのかわからないし、どうすることもできない。


「ぐぅ~」

「ヒィッ!?」


 慎太郎は何かの音にビクっと震え、あたりを警戒する。しかし、すぐにその音の出どころが自分の腹からだと知る。


 腹が減った。緊張状態でも腹は減るらしい。


 しかし食べる物がない。


 いや、あるにはある。


「……おいし、そう?」


 慎太郎は自分の近くに目を向ける。視線の先には石が転がっている。


 石。大小さまざまな石。人の拳より大きな物から、小指の第一関節ぐらいのものまで、いろいろなサイズの石が転がっている。


「石、食い。石を美味しく、食べる、力」


 自分に与えられた恩恵。見るからに使い道の無さそうな能力。


 お腹が空いた。妙にお腹が空いている。恐怖と緊張で空腹など感じないはずなのに、異様に腹が減っていた。


 そんな慎太郎は無意識に自分の近くにある石を手に取っていた。


 躊躇う。慎太郎は躊躇った。確かにお腹は信じられないほど空いているが、さすがに石を食べるのはどうかと思ったのだ。


 けれど、抗えなかった。慎太郎は恐る恐る巨峰の粒ほどの石を口に入れた。


「……あま、い?」


 慎太郎は石を口の中で転がして味を確かめる。


 甘い。かすかに甘い。そう感じた慎太郎は思い切って石を奥歯で噛み砕いた。


 ガリッ、という石の砕ける音。しかし石を噛んだと言うのにそれほど力はいらなかった。さらに言うとその石の食感は少し硬めのクッキーの様な食感だった。


「美味しい……」


 慎太郎は次の石を手に取って口の中に入れて咀嚼する。その石もかすかに甘く、食感はクッキーのようだった。


 そうと分かった慎太郎は次々と石を食べ始めた。三つ、四つと食べ続け。最終的には二十個ほどの石を平らげてしまった。


「ふぅ……」


 慎太郎はお腹をさする。感じていたひどい空腹感は消え去り、満腹感と幸福感で満たされていた。


「……そっか。食料の問題は、ないのか」


 気付く。石を食べていれば食べ物に困らないのだ、と慎太郎は気が付く。


「ふあ、あ……」


 慎太郎はあくびをする。どうやら腹が満たされたことで安心して眠くなってきたのだろう。


「だ、ダメだ。寝たら、寝ちゃダメ……」


 慎太郎は目をこする。もしここで寝てしまえば何かに襲われるかもしれない。そう思うと慎太郎は怖くて眠れなかった。


 が、抗えなかった。しばらく抵抗していた慎太郎だったが、そのうちに目を閉じて、くぅくぅ、と寝息を立て始めたのだった。


 それから数時間。慎太郎は朝日が昇るまでぐっすりと眠ったのだった。

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