第18話 第五試合 其の壱

〈イク視点〉


 直丹すぐにイクは、ヒノモトにおける退魔武士の名家、『直丹家』に生まれた少年である。


 数百年前の文献にもその名が見受けられるほどに、遥か昔より祖国の安寧に貢献してきたかの家は、歴史とともに連綿と血を紡ぎ、他所からも積極的に優れた血筋を組み込むことで、現代においても国防の一翼を担っていた。


 イクは、そうした血族にあって。


 幼き頃から、突出した才覚を発露させていた。


 歴代でも類を見ないほど、

 眩いばかりの才能の原石。


 当然ながら両親は息子の天凛に歓喜して、親族一同もそれを祝福したが、ただそこに、かねてより尻闘けっとう狂いと謗られていたイクの祖父が目をつけた。


「この子なら、尻闘けっとうの歴史を変えられる! 息子よ、イクをワシに預けてみんか!?」


「近づくな汚物。さっさとくたばれ」


 直系の血筋とはいえ、普段の素行から蛇蝎の如く親戚中から敬遠されていたイクの祖父は、しかしその程度ではへこたれず、挫けず、諦めずに……


「……っ! あの野郎、やりやがった! 者ども、出会え! 出会えーッ!」


 彼は家族の隙を見て、

 幼少期のイクを誘拐した。


 その後イクは祖父とともに、十五年と少しの生涯のうちじつに半分以上を、人里離れた山奥で過ごすことになる。


 両親からは捜索届けが出され、身内からも捜索隊が結成されていたため、普通に犯罪だった。


 そして……月日は流れ。


 今から半年ほど前。

 去年の年末に。


 およそ十年ぶりに、成長したイクを伴って本家に顔を出した彼の祖父は、般若の顔で居並ぶ家族らに向かって、堂々とこう宣言したのだという。


「これがワシの、最高傑作じゃ。ワシの功罪は、こいつ自身を見て判断してくれい!」


「黙れクソジジイ。さっさとお縄につけ」


 家族は問答無用で彼をしこたまに暴行したあと、容赦なくブタ箱にぶち込もうとした。


「あっ、ちょっ、まて待てそんな乱暴な縛り方……あっ、アーッ!」


「あははは! じっちゃんまるで、吊るされた猪みたいだぞ!」


「違うよイク。これは薄汚いブタだ。臭いから、今から出荷するんだよ」


「ん? んんー?」


 長らく人間関係の乏しい環境に置かれていたためか、常人とは少し異なる感性に育ってしまったイクであるが、ボコボコにされて荒縄で巻かれた状態で天井から吊るされたその姿に、何か思うところはあったのだろう。


 不思議そうに首を傾げたのちに、

 ポツリと、もの悲しげに呟いた。

 

「そっか……よくわかんないけどじっちゃんは、遠くにいっちゃうのかー」


「っ!? おいイクよ、諦めるな! 諦めたらそこで終了じゃと、何度も教えてきたじゃろうが! このままではワシの余生が終わってしまう!」


「いいから観念しろクソジジイ! 二度と娑婆に出てこられるとは思うなよ!」


「う〜ん……でも、じっちゃんにはまだいろいろと教えてほしいことがあるから、このまま会えなくなるのは、寂しいんだぜー」


「……っ! イク、お前ってやつは……っ!」


「フハハ、その通り! やっぱりイクにはワシが、必要なんじゃよ!」


「黙れ汚物。貴様には死すら生ぬるい。純粋なイクを、都合よく洗脳しやがって……っ!」


「あ、だめ、グーはやめて! 水月ばっかり狙わないで……っ!」


「あはは! ビクンビクンって、今度はじっちゃん、魚みたいだぞ!」


 水月とはいわゆる鳩尾であり、

 殴り続ければ普通に人は死ぬ。


 そんな人体の急所を執拗に責められ続けた祖父であったが、誘拐されていた本人イクの弁明もあって、けっきょくは、一命を取り留めることになった。


 身内の恥ということでなんとか警察行きも免れて、現在は親戚一同による折檻を受けたのち、本家の地下牢で軟禁生活を送っている。


 そしてイク本人はといえば、実家である直丹の本家に引き取られ、年齢相応に、来年度の春から学校に通うことになったのだった。


「イク。お前は誉れある直丹家の直系なんだ。学力なんて関係ない。好きな学校に通えばいいんだよ? パパがどこにだって捻じ込んであげるからね?」


「にいちゃんにも何か頼み事はないかい? どんな専属トレーナーでも呼びつけてあげるよ?」


「う〜ん。でも、ズルとかそういうのは、良くないんだぜー」


 十年近く物理的に引き剥がされていたためか、異様に甘い家族たちに、イクはとても澄んだ瞳で言い放った。


「俺は、俺の力でちゃんと学校に通って、たくさん尻闘けっとうして、友達をいっぱい作りたいんだぜ!」


「イク……なんて素直でいい子! ウチの息子は菩薩観音様の生まれ変わりや!」


「それをあの、クソジジイめ……許さん! 俺、ちょっとボコってくる!」


「パパもだ! 一日骨一本程度では、到底腹の虫が治らぬわ!」


「あっ、とーちゃん! にーちゃんも! せっかん? は、一日三回までだって、かーちゃんが言ってたんだぜ〜?」


 そのような経緯があって。


 イクはそれからの詰め込み学習でギリギリ合格することができた、実家から比較的近い立地にある公立結野高校に、名家の子息という素性を隠して入学することに相成った。


 それから才能を燻らせていたナルミと出会い、イクたちの才能を見抜いたスイにスカウトされるかたちで、結野高校尻闘けっとう部に入部し、代表としてこの場に立っている。


 そして両親を筆頭に、

 親戚一同は怒り心頭であったものの……


「俺の名前は直丹すぐにイク! 世界一の尻闘者デュエリストになる男だぜ!」


 常識が欠如していることを除けば、祖父の見立ては、見事に正鵠を射ていたのだった。




【作者の呟き】


 ちなみにイクの祖父は実家にて、ご飯は一日二回、躾は一日三回、散歩時はリード付きの首輪を着用と、徹底的な管理体制のもと飼育されております。

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