第19話 第五試合 其の弐

〈イク視点〉


(高校に入ってすぐにこんなに強そうな相手と戦えるなんて、尻闘けっとうはやっぱり面白いんだぜ!)


 純粋で。

 素直で。

 無垢ではあるものの。


 高校の入学時にかました自己紹介からもわかるように、イクは生粋の尻闘中毒者バトルジャンキーであった。


 強敵との邂逅に、

 自然と頬が緩んでしまう。


(相手は格上……だった最初から、全力だぜ!)


 先ほどの試合を見ただけでも、尻闘者デュエリストとしての熟成は、対戦相手のほうが上だと認めざる得ない。


 おそらくは山奥に篭って祖父とともに日々鍛錬を重ねていたイクと同様に、この禿頭の巨漢もまた、恵まれた資質に胡座をかくことなく、血の滲むような鍛錬を積み重ねてきたのだろう。


 言葉を交わさずとも、そうした重厚にして濃密な日々を、隆々とした山尻が物語っている。


 そして才能のうえに積み重ねた努力の密度が同量であるならば、生まれついた年月の差というものは、如何ともし難い。


 その一点においては確実に、

 相手はイクのそれを上回っている。


 であるならば、戦況を覆すには総合力ではなく、一極集中。


 示現流の如く、一撃に全てを賭けるしかない。


「はあああああああっ!」


 イクは裂帛の息吹とともに魔力を練り、束ねた指先に、全神経を集中させた。


 そして突き出す。


「臨ッ! 兵ッ! 闘ッ! 者ッ! 皆ッ!」


 口にするのは凸撃アタック宣言ではなく、真言宗における『九字護身法』の前半五文字。


 退魔道においては悪しきものから身を守る護法として有名な文言を唱えながら、相手の鋼門ゲートを中心として、反転した五芒星の頂点を描くような指打を行う。


「陣ッ! 列ッ! 在ッ! 前ッ! けつッ!』


 だが後半四文字には、本来は存在しない五つ目の文字、『尻』が加えられていた。


 そして『尻』とは『結』を指し、終わったはずの円環が、渦を巻いて循環する。


「臨ッ! 兵ッ! 闘ッ! 者ッ! 皆ッ! 陣ッ! 列ッ! 在ッ! 前ッ! 尻ッ!」


「ぬっ……ぐう!」


 繰り返される指突に、はじめて、巨漢の顔が歪んだ。


『……おおっと、これはいったい、どういうことでしょうか!? 直丹すぐに選手が九字護身法? を唱えながら凸撃アタックを繰り返すうちに、これまで一切顔色を変えることがなかった月牙泉出けつがで選手に、苦悶の色が浮かび上がってきたーっ! というかそもそも、あんなに何度も射星アスタリスクを外した凸撃アタックを繰り返して、減点対象にはならないのでしょうか!?』


『基本的に五回とカウントされる凸撃アタックは、凸撃アタック宣言があってのものです。ゆえにあれは回数制限のある凸撃アタックではなく、指突による牽制に分類され、仮にあの指先が鋼門ゲートを突破したとしても、それは正規の凸撃アタックにはカウントされません。逆に反則を取られてしまいます』


『なるほど! ではなぜ直丹選手は、あのような牽制を?』


『それは私にも、正直分かりかねますね。……そもそも尻闘けっとうにおいて、指と尻がぶつかった場合は、後者の強度が圧倒的に上です。つまり余程の実力差がない限りは、受けディフェンスが受けるダメージよりも、攻めオフェンスが負うダメージのほうが上回るため、あのような牽制は本来逆効果なのですが……』


「臨ッ! 兵ッ! 闘ッ! 者ッ! 皆ッ! 陣ッ! 列ッ! 在ッ! 前ッ! 尻ッ!」


「ぬうっ、ぬっ、ぬううううううんっ!」


『……効いて、いますよねえ?』


『ええ。おそらくそのタネが、あの付け加えられた一文字なのでしょう』


 陰陽という概念があるように。


 全ての物事には裏と表があり、何かのキッカケひとつで均衡が狂い、それらが反転してしまうことは、珍しいことではない。


 そうした性質を意図的に行う術理が、古式の退魔道には存在しており、それらに精通する名家の尻闘けっとう狂いが編み出したのが、この『九字護身法』の反転型である『十字開門法』だった。


 本来『守り』に用いる術理を反転させ、相手の守りを強制的に解く『攻め』へと昇華させた技が、祖父が十年をかけてイクに仕込んだ独創オリジナル尻闘法けっとうほうのひとつである。


「うおおお! マジか、あの〈絶門童帝アイアンロード〉が唸ってる!?」

「あんな姿、全国大会でも見たことねえよ!」

「もしかして……まさかが、あるのか!? あり得るのか!?」

「一年坊がロードをやっちまえるのか!?」

「いけー! イクくーん!」

「やれやれえ! ぶちぬいちまえ!」


 試合までは想像すらしていなかった、海門学園の大将が苦戦する姿に、俄かに会場のボルテージがあがる。


 だがイクに、それに応えるだけの余裕はない。


 少年の五感は、指先は、全神経は、目の前の巨尻に集中している。


(さすが……敵の親玉! すっげえ硬さと弾力だぜ!)


 一方的に攻めているように見えて、そのじつ、イクとしては一瞬の油断も許されない状態であった。


 ただでさえ堅牢な無敵の城砦に対して、その筋肉の動き、魔力の流れ、呼吸の隙間、体内の経絡、そうしたものを読み解きながら、一打一打を突き入れていく作業は、凄まじい勢いでイクの精神と魔力を削っていく。


 指先への負担も大きい。


 おそらくこの機を逃してしまえば、仮に次の攻めオフェンス手番ターンが回ってきたとしても、再びこの攻撃を繰り出すことは不可能だ。


 決めるなら、ここ。


 この一瞬に全てを賭ける。

 

「……イッくん……いっけえええええ!」


 友の声援に呼応したかのように。


 ピシリと、難攻不落の城門に、亀裂が走った。


 それは本来であれば、擦り傷とも呼べない、小さな痕跡。


 先の一戦でナルミが残した、ほんの僅かな疵痕。


 それがイクの十字開門法という加護を受けて、ついには誰も到達したことのない未踏へ繋がる、致命傷リトルホールへと至った。


「臨ッ! 兵ッ! 闘ッ! 者ッ! 皆ッ! 陣ッ! 列ッ! 在ッ! 前ッ! ――けつッ!」


 機は熟した。


 螺旋を描いて循環する魔力の流れに楔を打って、手形を腹の内に引き戻したイクは鋭く息を吸い込み、解き放つ。


「チェストおオオオオオッ!」


「ぬんぬうううううううっ!」


 放たれた矢は寸分違わず鋼門ゲートの亀裂を射抜き、内部へと到達。


 一気に奥路トンネルを駆け抜けて、遂には誰も踏み入ったことのない、未踏の奥殿ゴールへと到達する。


「楽しかったんだぜ、ハゲの先輩!」


「ぐっ、ぬぬう、ぬはああああああああああっ!」


 かくして古き王者は討ち取られ。


 新たな伝説の、幕が開けた。




【作者の呟き】


 あくまで拙作に登場する真言宗や九字護身法は、創作の中のオリジナル設定なので、現実世界のそれとは一切関係ありませんし、それを侮辱する意図もございません。気に障った関係者の皆様には、どうか寛大なご裁量をお願い申し上げます!(必死)

 

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