第16話 第四試合 其の弐

〈ナルミ視点〉


『さてさて、受けディフェンスにおいては全国屈指の実力を如何なく見せつけた月牙泉出けつがで選手ですが、攻めオフェンスもまた、前年度の全国大会においてはいくつもの白星を挙げた実績を誇っております。そうした全国レベルの選手に、先ほどは見事な受け攻めカウンターを魅せてくれた盾永選手は、ふたたび下剋上となるのでしょうか!?』


『お互いに、スピードで撹乱する選手ではありませんからね。これは盾永選手の尻圧トルクを、月牙泉出選手の「デストロイ凸撃アタックが打ち破るか否かの勝負ですので、おそらく勝敗は一瞬ですよ』


「おいおい、なんだよあの、月牙泉出くんのぶっとくて長い指はよお!」

「まるで丸太じゃねか!」

「あんなのぶち込まれたら内臓がズレちまうよ!」

「だ、大丈夫……ナルミきゅんならきっと、受けきれるよ!」

「がんばって!」


 大人と子どもほどの体格差がある両名が攻守の構えをとると、観客席から悲鳴じみた声があがった。


 だがナルミはそうした外野の声など元から聴いてなどいない。


 彼の耳朶は、視線は、心は、たった一人の少年に向けられている。


「やっちまえ、ナルミくん! お前ならできるんだぞ!」


「……任せて、イッちゃん」


 友の期待に応える。


 冷め切っていた心に宿してもらった、炎に報いる。


 それだけが、ナルミが尻闘けっとうに身を投じる理由である。


「それでは試合……開始っ!」


 ビビーッと電子音が鳴り響くと、ゆっくりと、巨漢が身を折り曲げて、手型フォームを腹の奥へと沈めていく。


 ミチミチと、強靭なバネを限界まで圧縮するような光景に、自然と、見守る観客たちが固唾を飲んだ。


「南無阿弥陀仏……色即是空……空即是空……」


 黒光りする肉体に血管が浮かぶ。


 禿頭の巨漢が唱える念仏が、厳かに、会場に響いた。


「六根清浄……輪廻転生……」


 じきに圧縮が臨界を迎えると、凸撃アタック宣言と共に、膨大な推進力が解き放たれた。


「……しかと往生せい、パワーああああああッ!」


 大砲から放たれた砲弾のように。


 一直線に射星アスタリスクに向かう四本指を、自らの股下から覗く、翡翠の瞳が捉えていた。


(……ここっ!)


 恐れも、怯えも、強張りもなく。


 一秒を分割した一瞬のなかで、ナルミは的確に、精密に、敵の動きを捉えた。咥えた。喰らいついた。その瞬間に全身全霊で締め上げる。


(……羅鋼ダークホールううううううっ!)


 限界まで押し広げられた鋼門ゲートが、暴力的な四本指の侵攻に抗わんと、ギチギチと万力の如く締め付ける。


 魔力と筋力に意志の力を上乗せした、今のナルミにできる最高出力の羅鋼門ダークホールが、不届なる侵入者を捉えんと、大根すら断ち切るほどの咬合力を発揮した。


(……っ!)


 それでも、膠着は一瞬。


 巨漢の顔に、笑みが浮かんだ。


「……ふんっ、ぬるい! ぬるいぞっ、盾永あ! その程度で我の攻めオフェンスを、阻めるものかあああああ!」


 ずぶっ……ずぷぷっ!


 ずぬぬぬぬぬぬぬっ!


「……んっ、んんん、んはあああああああっ!」


 ナルミの渾身の受けディフェンスは、全国レベルのいただきには、届かなかった。


 抉り込むように。

 捻り込むように。


 押し込んで。

 推し進んで。


 とうとうその先端が、コリコリとした奥殿ゴールの寸前まで到達する。


「……盾永よ、何か言い残すことはあるか?」


「……ひとつ……予言を、して、あげますよ」


 すでに限界は近い。


 全身から油のような汗を滴らせ、腰裏に刻まれた魔法印を発光させながら、それでもナルミは気丈に顔を上げた。


 真っ直ぐに、前を見る。


「……イッくん」


「おう、任せとけ!」


 迷うことなく、親友は応えてくれた。


「そいつは絶対に、俺がブットばしてやるんだぜ!」


 力強いその笑みに、自然と頬が緩んだ。


(……あとは……任せたよ)


 巨大な壁を前にして、諦めるどころか、一層に激しく燃え上がる少年たちの闘志を前にして、巨漢の顔にも獰猛な笑みが浮かぶ。


「ふ、ふはははは! その意気や、良し! ならば心置きなく往生せい!」


 言い放って。


 巨漢が最後のひと突きを、一息のうちに、少年の深部へと押し込んだ。


 ――ズンッ!


「……ひぎいいいいいっ!」


 少年の絶叫が、

 会場に響き渡った。


 


【作者の呟き】


 ねくすと、ラストバトル!


 

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