第15話 第四試合 其の壱

〈ナルミ視点〉


 攻守が交代して、ふたたびナルミの攻めオフェンス手番ターンが回ってきた。


 自らの技巧で勝利をもぎ取ったあと、続けて勝率の高いとされる攻めオフェンスに回れるというのも、高度とされる受け士ディフェンダーならではの特権である。


(……さっきは……アイツの鼻を圧し折るために、受けディフェンスに徹したけど……コイツ相手だと、そんな余裕はなさそうだね)


 ゆうに百九十センチを超える巨漢が、丸太のような両足で巨躯を支え、両手を頭の後ろで組んで、スクワットの要領で腰を突き出してくる。


 目の前に広がるのは、大質量の尻肉防壁


 圧倒的なその威容は、黒の決闘下着ケツパン越しであっても、奥に構える鋼門ゲートの堅牢さを存分に物語っていた。


(……この肉付きじゃあ……スピードに乗った撹乱は無理……だとするとコイツは、禁門ゲートキーパータイプか……)


 スイのように高速尻振りウィングで相手の照準から射星アスタリスクを散らすのが『動』の受けディフェンスなら、この巨漢は、その対極。


 どっしりとその場に腰を据えて、己の魔力と筋力を用いて鋼門ゲートを守る、『静』の受け士ディフェンダーだ。


『さすが海門学園の大将、月牙泉出けつがで選手ですね。先に追い込まれてなお、彼の受けディフェンス姿勢には微塵の揺らぎも見受けられません。安定した姿勢、魔力、精神、そのどれもが間違いなく、全国レベルだと言っていいでしょう』


『なんでも記録によれば、彼は公式試合において一度たりともその鋼門ゲートを突破されたことがないようですからね! まさしく前人未到の不可侵領域! 「絶門童帝アイアンロード」』の異名は、伊達ではありません!』


 まるで有名なアイドルが壇上にあがったかのような、盛り上がりをみせる会場において。


 巨漢の威容に対峙する挑戦者だけが、静かに深く、戦意を研いでいた。


(……でもまあ……そんなの、関係ない。……イッちゃんの敵は、全部潰す!)


 ビビーッと、試合開始を告げる電子音が鳴り響く。


「……チェストおおおお!」


 開始早々にナルミは凸撃アタック宣言をして、一切の動きが見られない巨漢の鋼門ゲートに向かい、両手の人差し指を束ねた『フォーマルフォームを突き出した。


 インターバルを挟んで回復した体力、正確な射線、下半身の踏ん張り、上半身のバネ……それらが渾然一体となった、今のナルミにとってのベストショットである。


「……っ!?」


 それでも、硬く閉ざされた鋼門ゲートを突破するには至らない。


 それどころが本物の鉄板を突いたかのように、ビリビリと指先が痺れた。


(……これが……全国レベルの、ディフェンダーっ!)


 威風堂々、両手を頭の後ろに組んで。


 微動だにせず敵の攻撃を弾いた『童帝ロード』の威容に、観客から歓声が迸る。


「うおおおお! さすがロード! これぞ海門だよ!」

「やっぱカイくんはレベルがちげーよ」

「去年の全国大会ですら、けっきょくあれを突破した選手はいなかったんだぜ?」

「黒星が全部判定負けとか、まじモンのバケモノ」

「しかも今年はさらに仕上がってね? 見るからに鋼門ゲートがカッチカチ!」

「月牙泉出さあーん! ステキー!」

「……あの一年、運が悪かったな」


 普段は気にも留めない周囲の騒音が耳に触る。


 集中できていない。


 いや、


(……ボクは……動揺、しているのか?)


 長らく尻闘けっとう界隈から離れていたナルミにとって、初めて対戦する、全国レベルの猛者である。


 相手の力量は想像以上だった。


 なまじ実力があるだけに、わかる。

 

 理解させらわかられてしまう。


 たとえこれから何十回、何百回と凸撃アタックしても、今の自分では決してあの難攻不落とされる鋼門ゲートを突破できないことが、たった一度の攻防で思い知らされてしまった。


 だとしても、


(……今のボクは……ひとりで、戦っているんじゃない。……チームで、戦うんだ!)


 たとえ勝てなくとも、

 勝負を諦める理由にはならない。


 自分にはまだ、できることがある。


 ナルミは再び深く己の心を沈めて、

 周囲の雑音を外に追いやった。


 そして冷たく、静かに、牙を研いで、淡々とその時を待ち続ける。


「……おい、なんだ? あのチビ全然動かねーじゃねえか」

「なんだよもう諦めたのか」

「いやいや攻めオフェンスは捨てて、また受けディフェンスに賭けるつもりじゃね?」

「盾永きゅーん! ふぁいとー!」


 そうして一分、二分と、時間が過ぎ……


 残り時間が十秒を切ったと同時に、

 静観を保っていた少年が動いた。


「チェスト! チェスト! チェスト! チェストおおおお!」


 攻めオフェンスの1ターンにつき五回しかない凸撃アタック宣言を、全て使い切っての集中凸撃オールアタック


 針の穴を穿つような精密さで、一ミリのズレもない一点集中の凸撃アタックを繰り返すが、やはりその鉄壁を崩すには至らない。


『ビビーッ』と、無機質な電子音が鳴り響いた。


「そこまで! 盾永選手、オフェンスターン終了です!」


「……はい」


 審判員の指示に従ってナルミが攻めオフェンスの姿勢を解くと、試合開始時から彫像のように動くことのなかった巨体が、ゆっくりと身を起こす。


「……ふん、こんなものか。受けディフェンスは一流の域にあるが、攻めオフェンスは二流止まりだな。精進せよ」


「……うるさいなあ。……ボクは受け士ディフェンダーなので……次が、本番なんですよ」


「そうだぜ! ナルミくんの締め付けは凄いんだ! いつも指が食い千切られるかと思うんだぜ!」


「……ほう。ということはうぬは、あの受けディフェンスを攻略済みということか。面白い」


「……イッちゃん。そういう情報漏洩は、良くないよ?」


「おう! ごめんだぜ!」


 相手に情報が知られていないというのは、こちらの有する数少ないアドバンテージだ。


 それを無駄にしたことを嗜めつつ、ナルミはキッと、黒髪の少年に視線を移していた巨漢を睨みつける。


「……どこを見ている。……お前の相手は、このボクだ」


「そうか」


 呟いて。


 視線をナルミに戻した巨漢が構えるのは、

 中指と人差し指を束ねた手型フォーム


 指一本のそれよりも単純に表面積が大きくなるため、凸撃アタックの精度と、突破の難度が跳ね上がるものの、それらを上回る破壊力が特徴である『デストロイフォームである。


「では精々、我を楽しませてくれ」


 禿頭の巨漢が、好戦の笑みを浮かべた。



 

【作者の呟き】


 いやあ、圧巻ですねえ……(白目)



 

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