第13話 第三試合 其の参

〈ナルミ視点〉


 盾永・A・ナルミは、代々続く英国退魔士エクソシストの血に連なる者である。


 彼は幼い頃から、エクソシストである両親により、家業を継ぐために魔力の訓練を受けていた。


 そのように英才教育を受ける少年が、魔力を養うトレーニングの中で、ヒノモトの国技である尻闘けっとうに触れる機会を得たのは、当然の帰結。


 そしてナルミには、類稀なる才覚があった。


 息子の才能を喜んだ両親の支援もあって、専属のコーチをつけられ、見る間にその天凛を開花させていく。


 同年代では相手にならず、一回り年上の人間すら圧倒するその実力を、ある者は讃え、ある者は畏れた。


 そうした周囲の羨望が、期待が、畏怖が、嫉妬が、毒のようにじわじわと少年の幼い心を塗り潰すのに、そう時間はかからなかった。


(……くだらない)


 気づけばナルミは尻闘けっとうの世界に倦み、距離を置くようになっていた。


 戦わなければ。

 争わなければ。

 関わらなければ。


 勝者も敗者も存在しない。


 友だと思っていた相手に遜られることも。

 仲間だと思っていた相手に陰口されることも。

 好敵手だと思っていた相手に怯えられることも、ない。


 尻闘けっとうは何も生み出さない。


 無意味だ。

 無価値だ。


 自分にとって無用なのだ。


 日課である魔力鍛錬などは続けているが、それを用いるのは家業を手伝う時だけで、かつてのように自分から尻闘けっとうに関わることをしなくなったナルミを、両親は咎めることはなかった。


 そうして尻闘けっとうの世界から身を引き、くだらない日常に埋没していたナルミの心に再び火を灯したのは、家から近いからという理由で選んだ高校で出会った、黒髪の少年であった。


『俺の名前は直丹イク! 世界一の尻闘者デュエリストになる男だぜ!』


 最初の印象は最悪であった。


 世界を知らない、

 幼稚な夢想を抱いた大馬鹿野郎。


 それがイクに対する、

 ナルミの第一印象である。


(……なんか、ムカつくな)


 しかしそれは、良いものか悪いものかはともかくとして、過去の経験から他人への関心が薄くなってしまった少年が、久方ぶりに抱いた、他人への興味である。


 一方で、そんなことを露と知らないはずの少年は、伏せていたナルミの実力を何故か早々に看破して、グイグイと距離を詰めてきた。


『なあなあお前、さては尻闘けっとう、強いだろ?』

『勝負しようぜ、勝負!』

『なーなー、ナルミくん。俺と尻闘けっとうしようぜー』

『……良しわかった、俺が負けたらもうこれ以上、ナルミくんには関わらない。でも俺が勝ったら、ナルミくんは俺のトモダチだからな!』


 そうしたイクの熱量に押し切られるようにして、気がつけば、ナルミは自ら封印していた尻闘けっとうを行い、敗北を経て、彼を親友とさえ呼ぶようになった。


 そして乾いた大地に水が吸い込まれるように。


 あるいは乾いた枯れ木が一気に燃え上がるように。


 イクという少年の存在が、自分のなかでどんどんと膨れ上がっていくことを、戸惑いつつも、ナルミは楽しみ、受け入れていた。


 だからこそ、


(……イッくんをバカにするヤツは、絶対に、許さない!)


 独特な尻振りスウィングのリズムにあえて規則性を与え、踏み込んできた相手の指先を、隠し持った鋼門アギトで喰らい付く。


「……羅鋼門ダークホール


 渾身の凸撃アタックによって鋼門ゲートを抉じ開けたかに見えた対戦相手の指先は、しかし指の第二関節ほどで、全方位から押し寄せた体内筋肉に圧迫され、奥殿到達を目前にして、完全にその侵攻を停止していた。


 そして攻撃を凌いだ瞬間にこそ、

 最大の好機が訪れる。


(……イッちゃんを侮辱したこと、後悔しろ!)


 魔力強化によって、どっしりと大地に根付いた両足を、踏ん張ることで。


 獲物を咥え込んだアギトが、上下左右、激しく攪拌シェイクされる。


『おおっとここで盾永選手、私利阿奈選手の指先を捉えたままスウィングスウィングスウィングうううう! 喰らいついた獲物を離さず、容赦なく暴れ回るその姿は、さながら狂乱するアリゲーターの如しだあああああ!』


『いや、これは驚きましたね! まさかこれほどの受け士ディフェンダーが、在野に隠れていようとは!』


「おいおい、なんだよアレ!」

「すっげえ締め付け! 喰らいついて離さねえぞ!?」

「キツキツにも程があるだろ!」

「いやああああ! ローズさまああああ!」

「……っていうか、よく見たらあの子、めっちゃ可愛くない?」

「うん、推せるわ!」


 一歩間違えれば己の完頂を招きかねない、ハイリスクハイリターンの高度な受けディフェンスに、解説者たちを含めた観客らが騒然とする。


 一方で渦中の少年は歯を食いしばり、

 暴虐なる尻振りディフェンスに耐えていた。


「ぬううううううっ!」


 とはいえこのままではマズいことは、

 本人が一番よく理解しているはずだ。

 

 尻闘けっとう公式規則オフィシャルルールにおいて、腰が一定の高さまで浮く、もしくは足裏が地面から離れるといった、規定の姿勢を崩す行為は、減点対象とされている。


 さらに相手の鋼門ゲートを突破した指先が、完頂には届かず試合が継続している場合、三秒以内にそれを引き戻さなければ、毎秒あたり一点という致命的な減点が待ち受けていた。


 つまり赤髪の少年は、規定の態勢を維持したまま、十三秒以内に指先を引き戻さなけば減点敗北という、時限式の爆弾を抱え込まされた状態だ。


「こッ……のッ! 痴れ者があああああ!」


「いっけえナルミくん、ぶっちぎれえええええ!」


 敵の怒声と、

 友の声援を受けて。


 ナルミの尻振りスウィングがより鋭利に、力強く、加速する。


「……んっ! ……んっ! ……んっ! ……んっ!」


「くっ、この程度で、某があ……っ!」


「……んっ! ……んっ! ……んっ!」


「……っ! このっ――」


「……んっ!」

 

「――ぐああああああああっ!」


 そして凸撃アタックによる鋼門ゲート突破から十秒間が経過し、無理な体勢が祟った赤髪少年の片足が、とうとう尻闘場けっとうじょうの床から離れた。

 

「そこまで!」


 直後に試合の終了を告げる、審判員ジャッジの声が会場に響き渡ったのだった。



【作者の呟き】


尻闘道けっとうどうは奥深いなあ……(意味深)

 

 

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