第12話 第三試合 其の弐

〈ローズ視点〉


「うっわ!」

「マジか!?」

「身体やわらけえ〜」

「へえ……視観ピーピングタイプの選手とは、珍しいな」


 観客たちがざわつくほどに。


 ローズの視界から消失したようにも見える金髪少年の上半身は、それほどまでに深く、前傾して、沈んでいた。


 そのぶん自然と腰は高く上がり、そうして開いた股の間から、上下逆転した翡翠の瞳が、こちらローズの動きを観察している。


(……成程。それが貴様の勝算か!)


 受けディフェンスにおいて鋼門ゲート、もしくは射星アスタリスクへの照準を絞らせない手段は、主に二つ。


 ひとつは海門学園の先鋒、ローズの後輩である桃髪少年カオルが行ったように、とにかく尻振りスウィングを大きく、素早く行う、高速スピード受けディフェンス


 もうひとつは逆に、眼前の金髪少年が行っているように、相手の動きを観察しながら、それに対応した動きを行う対応アクティブ受けディフェンスだ。


 ただし一般的な受けディフェンスとして普及している前者と異なり、後者の受けディフェンスは身体の柔軟性や、反転した視界の処理速度、対戦相手の意図を読み切る演算能力など、とにかく己を信じて一心不乱に尻振りスウィングすればいい高速型よりも、選手に求められる素養が大きいとされる。


 それゆえに使い手を選ぶ希少な受けディフェンスの選手が、目の前の対戦相手の正体であった。


「……リー、……リー、……リー、……リー」


 こちらの迂闊を誘うように。


 滑らかな、独特のリズムで細長い呼気を繰り返しながら、ゆらゆらと腰を揺らす金髪の少年。


 一見して無防備に急所を晒しているように見えるが、股下で輝く碧眼は油断なく、こちらの動向を窺っている。


 もし不用意に射星アスタリスク凸撃アタックすれば、絶妙なタイミングで位置をズラされて、狙いを外した攻めオフェンスによる審判員の減点が待っているだろう。


 とはいえあちらと同じく手を出さないままターンを終えてしまえば、消極的行動による審判員ジャッジ減点審査テクニカルジャッジは、連続した場合において手番ターンがあとの選手ほど減点量が多くなっていくため、こちらの不利となる。


 つまり先攻をとられた時点で、後攻であるローズに手を出さなないという選択肢はない。


 こうした手番による駆け引きもまた、

 尻闘けっとうにおける妙技であった。


(だがそれはあくまで、凡夫どもの場合だ!)


 全国屈指の強豪高校で過ごしてきたローズは、数こそ少ないものの、そうした希少な受けディフェンス選手との対戦も経験していた。


 よって対処法も、身につけている。


「フン! フン! フン! フン!」


 炎のように赤髪を乱舞させて、

 紅獅子が牙を剥く。


『おお〜っと、ここで私利阿奈選手、視観ピーピング受けディフェンスをとる盾永選手に対して、またしても高速の上半身機動を展開! これはつまり、その速さを以て、相手を撹乱することが目的ということでしょうか!?』


『そうですね。一般的に攻めオフェンスはじっくりと腰を据えて、逃げ回る受けディフェンス射星アスタリスクを狙うのが一般的ですが、ああした視観ピーピングタイプの選手が相手ですと、攻めオフェンスもまた凸撃アタックの起点となる手型の位置をズラして、相手の目を欺くフェイントが効果的とされていますね』


『なるほど! さすが海門学園の部長、迷いのない的確な判断です!』


『とはいえあのような動きは、本来は受けディフェンス手番ターンに使う体力を、攻めオフェンス手番ターンでも消費しているようなもの。攻守連続でそれを行うということは、単純に考えても二倍位以上のスタミナを使うため、選手の疲労は相当なものになるでしょうね』


『ほうほう、ということは、長期戦になると私利阿奈選手が不利であると?』


『もちろんそれは彼も織り込み済みでしょうから、おそらくこの手番ターンで、一気にケリをつける算段なのではないでしょうか?』


 プロの尻闘者デュエリストである解説者の実況通り、ローズはもはや、次の手番ターン交代まで金髪少年との試合を長引かせることは、考えていない。


 彼はここで仕留める。


 鋭い呼気とともに上半身を躍動させながら、しかし熱く燃える肉体とは裏腹に、冷静な視野を以って対戦相手の隙を窺う。


「……リー、……リー、……リー、……リー」


「フンッ! フンッ! フンッ! フンッ!」


「「「 ……っ! 」」」


 緩と急。


 対照的な動きを見せる少年たちの睨み合いを、観客たちも、固唾を飲んで見守っていた。


 そして、両者の膠着が二分の半ばを超えた頃に――


「――パワーあああああっ!」


 動いたのは、ローズであった。


 力強い凸撃アタック宣言とともに、彗星すらも撃ち落とした、高速の指矢が射出される。


 呼吸の切れ目、可動域の限界、尻振りスウィングのパターン……そうした情報を総合したうえで解き放たれた二本の人差し指は、導かれるように対戦相手の射星アスタリスクへと吸い込まれ、見事、白布越しの鋼門ゲートへと到達した。


(突破あああああッ!)


 だが尻闘者デュエリストにとって鋼門ゲートへの到達は、あくまで勝利への第一段階に過ぎない。


 魔力強化した指先で硬く閉ざされた鋼門ゲートをこじ開け、先端を内部の奥路トンネルへと突き入れて、深部にある奥殿ゴールへの到達を目指さなければならないのだ。


(ここで決める!)


 攻めオフェンス側と同様に、魔力強化を受けた受けディフェンス側の鋼門ゲートは、指先の力だけで突破することなど出来はしない。


 そこに至るまでの姿勢、推進力、腕の力、背中の筋力、足腰の踏ん張りなど、そうした全身の力を一点に収束することで、対戦相手の防御を上回ることができるのだ。


 そして数多の実績により裏付けされた、海門学園の副部長が放つ一撃が、狙いを違えるはずなどない。


 独特の感触を有する鋼門ゲートに触れた指先が、刹那の抵抗のすえに、対戦相手の体内へと潜り込んだ――


 次の瞬間。


(――っ!? 何いっ!)


 伸縮性の高い白布の上から。

 

 第二関節までが鋼門ゲートに埋まった瞬間、まるで万力で押さえ込まれたように、指先の凸撃アタックが止まった。


 止められてしまった。


 ギチギチと、肉食獣の咬合力が如く。


 異常な締め付けを人差し指に感じて、

 ローズの背筋に悪寒が走る。


(まさか……こやつ、視観ピーピングタイプ受けディフェンスだけでなく、拘束バインドタイプ迎撃カウンターも併せ持った、二刀流マルチタイプか!)


 はたと乱舞をやめた紅獅子を、

 嘲笑うかのように。


 獣の牙を文字通り『喰い止めた』少年は、小さく呟いた。


「……『羅鋼門ダークホール』」

 



【作者の呟き】


 いったいいつから、ギアが一段だけだと錯覚していた……?

 

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