第11話 第三試合 其の壱

〈ローズ視点〉


「それまで!」


 ビビーッと、三分間の試合経過を告げる電子音ブザーが鳴り響いて、結野高校の攻めオフェンスターンが終了する。


(……いったい、どういうつもりだ?)


 額から汗を垂らしつつ、

 彼岸花のような赤髪を掻き上げて。


 受けディフェンス手番ターンを凌ぎ切ったローズの表情は、しかし晴れない。


 彼が覚えた違和感を、

 観客たちも感じているようだ。


「……おいおい。何だよあれ」

「あの子けっきょく、一度も凸撃アタックしなかったねー」

「そりゃあの受けディフェンスに凸るのは怖いかもしんないけど、それでも手くらいは出せよ」

「減点怖くないのかな?」

「もう試合を諦めたんじゃね?」

「あーあ、つまんねーの」


『……はい、というわけで結野高校の攻めオフェンスが終わったわけですが、中堅の盾永くんは終始、「静」の様子見に留まっていましたね。彼の行動を、菊乃城さんはどう見ますか?』


『一見すると、悪手ですね。たしかに実力差がある相手に不用意な凸撃アタックをすれば、己の手を痛めるばかりが、減点にも繋がりますが、それでも凸撃アタックする素振りすら見受けられないというのは、積極性に欠けると判断されて、減点審査テクニカルジャッジを受けます。今回がまさにそのパターンですね。次回以降のターンもこの様子であれば、結野高校の勝利は、厳しいと言わざるを得ません』


 尻闘けっとう公式規則オフィシャルルールにおいては。


 ひと試合における攻めオフェンス受けディフェンスは三分刻みの手番ターン制で最大三回まで順番を入れ替え、それで決着がつかなかった場合は、選手の保有点ポイントによって、勝敗を決定することになっている。


 ポイントは減算式であり、選手が最初に保有する十点から、審判員ジャッジが悪質や消極的と判断したプレーを行うたびに、それに応じたポイントが減らされていく。


 攻防を入れ替えた3ターン1セット形式の試合が終わる前に、この保有点が無くなった場合は、その時点で失格。


 また保有点は選手が勝ち抜いても、その試合での残りポイントが次回に持ち越されるため、とにかく選手はこの保有点に気を配った尻闘けっとうを行わなければならない。


 初心者でもわかる基礎知識だ。


 であるというのに結野高校の中堅は、自らの攻めオフェンスターン中に、一度も凸撃アタックを行わなかった。


 当然ながらそのプレーは審判員に消極的と判断されて、彼の保有点は十点から九点に減らされている。


 減点を覚悟したうえで、そうしたプレーを行う選手の思考は、大きく分けて二パターン。


 ひとつは彼我の力量差に心が折れて、

 試合を放棄している場合。


 そしてもうひとつは――


(――何か、狙いがあるのか?)


 ローズの懸念を、解説のプロ尻闘者デュエリストも感じていたようだ。


『……ですが彼の目は、死んでいません。今のターン中、彼はつぶさに私利阿奈選手の受けディフェンスを観察していました。おそらくこの手番ターンは体力を温存して、次で何か仕掛けるつもりでしょう』


『なるほど! つまり盾永選手は攻めオフェンスタイプではなく受けディフェンスタイプ、それも迎撃カウンタータイプの選手というわけですね!』


 統計的に攻めオフェンス側が勝敗を決するうえで有利とされる尻闘けっとうであるが、なかには受けディフェンスを得意とする、技巧テクニカルタイプの選手も存在する。


 どうやら金髪の少年は後者のようだ。


 ローズは攻守交代のため、こちらに背を向けた少年の、白い尻闘下着ケツパンに包まれた臀部を観察する。


(……小柄で肉付きの薄い体つきだが、尻肉だけは厚みがあるな。とはいえあの程度の肉量でこちらの凸撃アタックを弾ききれるとは、到底思えぬ……であれば身軽な体格を活かした、速度スピードタイプといったところか)


 尻闘けっとうにおいて、肉厚な臀部とは、それだけで大きな優位性アドバンテージである。


 重量感のある尻肉は、ときに鋼門ゲートに至る射星アスタリスクを覆い隠す曇天の雲となり、ときに魔力を帯びて攻めオフェンスの指先を圧し折る鋼鉄の盾となるためだ。


 当然ながら臀部の総質量が大きければ、それだけ攻守における全身の負担も増大するため、一概に大きければいいというものでもないが、それを加味しても一般的に肉付きのいい尻とは、優秀な尻闘者デュエリストの資質とされている。


 その点においては、結野高校の中堅は体格の割には恵まれているものの、それに頼った防御型ではなく、身軽さを活かした速度型というのが、数多の戦歴を有するローズの見立てであった。


(……愚かな。貴様の狙いは、浅はかに過ぎる!)


 そして先の一戦でも見せたように。


 高速機動を得意とするローズにとって、そうした速度型の選手とは、相性の良い獲物カモである。


(いいだろう、貴様のその蒙昧なる幻想を、某が打ち砕いてくれようぞ!)


 攻勢計画オフェンスプランを組み立てたローズは足を広げて、腰を落とし、脇を締めて、手型を組む。


 金髪の少年も腰を落としながら両手を頭の後ろに組み、受けディフェンスの体勢を整えたところで、ビビーッと試合開始を告げる電子音ブザーが鳴り響いた。


「……ぬっ!」


 次の瞬間。


 糸目を見開くローズの眼前で、

 対戦相手の上半身が、

 消えた。




【作者の呟き】


 さて、解説回終了。


 ギアをあげていきますよー。

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