第9話 第二試合 其の弐

〈ローズ視点〉


「フンッ! フンッ! フンッ! フンッ!」

 

 地面を掴む足の指先から脹脛、太腿、骨盤周りの筋肉を総動員して下半身を支え、カクカクと、およそ常人には不可能な、尻闘者デュエリスト特有の上半身による高速移動を実現してみせる。


 そうした体幹の動きに応じて、獅子舞の如く暴れる赤髪は、まさしく『薔薇獅子クリムゾン』の二つ名が相応しい。


 対戦直後から宙を舞う彗星に、

 牙を立てんと追いすがる獅子。


 その姿に、会場が沸いた。


「出た! 薔薇獅子クリムゾンの『獅子乱舞ビーストダンス』だあああああ!」

「う、美しい……」

「あれがいくつもの鋼門ゲートを食い散らかしてきたという、紅き猛獣……っ!」

「きゃあああーっ! ローズ様ああああ!」

「そこだローズ! 全国レベルの実力を見せてやれ!」


『おおっと、ここでようやく沈黙を破った私利阿奈選手が、先ほどまでの「静」から打って変わり、野獣のごとく激しい「動」の攻めオフェンスだあああああ! 獲物に喰らいつかんとする躍動は、まさに獅子奮迅! 狂える獣といった表現が相応しい様相です!』


『しかも彼は、ただ闇雲に闇雲に動いているわけではありません。あれほど激しく上半身を動かしながらも、体幹はブレずに、射星アスタリスクへの照準が徐々に定まってきています。まるであらかじめ、相手の動きがあらかじめわかっているような動きですね』


『なるほど、つまり紅獅子は理性なき猛獣ビーストではなく、沈着冷静な狩人ハンターであると?』


『少なくとも見開かれた彼の瞳からは、この試合に賭ける確固たる意思を感じますよ』


 荒々しくも明確な意思を持って、

 縦横無尽に跳ね回る紅獅子。


 賞賛する観客たちは一つだけ、

 勘違いをしていた。


 それは――


(――わかっている「ような」ではない。某には、手に取るように「わかる」のだ!)


 幼い頃からずっと、彼を見続けてきた。


 ときには憧れ。

 ときに焦がれ。


 何度も夢にまで見た、親友の尻だ。


 たとえ数年越しであってもその軌跡は、温度は、感触は、鮮明に思い出せる。


 そして当然ながら、人間には『癖』というものが存在する。


 スイもまた、然りだ。

 

 通常であれば気づかぬほどの、小さな癖。


 わざわざそれを突いてくるような猛者には、弱小高校の部活では出会うことがなかったのだろう。


(そのような有象無象と、某を一緒にするな!)


 だがローズには、それがわかる。


 ローズだからこそわかってしまう。


 宙を縦横無尽に翔ける彗星の、軌跡が。


 そのほんの少し先の動きが。


 確実な予感を伴って、

 ローズの指先を導いてくれる。


「フンッ、――パワーああああああッ!」


 海門学園伝統の凸撃アタック宣言を言い放ちながら、薔薇獅子クリムゾンの指矢が、宙を舞う射星アスタリスクを正確に貫いた。


 瞬間、


「ぴギイイイイイいい――ッッッ!」


 両手を頭の後ろに組んだスイの身体が痙攣して、全身がビクンと跳ねる。


 ビンッと弓形に張った背筋は、腰裏の魔法印を見ずとも彼の完頂を物語っており、三千倍に増幅された感度によって、青髪少年がグルンと白目を剥く。


「――イイイッ、! はっ、い、イクう! またイグウウウッ!」


「すーくん!」


 それに留まらず、崩れ落ちた後も腰をヘコヘコと前後させる少年の醜態に、恋人である少女が悲鳴をあげた。


 股間はギンギンに怒張して、

 白布の先端を湿らせている。


 通常のそれを上回る異常な完頂に、

 遅れて観客たちも気づいたようだ。


「な、なあ、おい……」

「あれってもしかして……」

「……ああ、間違いないな」

「あの野郎、無茶しやがって……っ!」


『菊之城さん。あの貫地谷選手の反応は、もしや……』


『ええ、彼の肉体は、おそらく重大な故障を抱えています』


 紳士のスポーツと謳われる尻闘けっとうではあるが、一流を目指して真摯に取り組み、他者と切磋琢磨して鎬を削る競技である以上、肉体面にかかる相応のリスクが存在する。


 そのうちの一つ。


 尻闘者デュエリストが現役を引退する理由のなかでも特に大きな比率を占めるのが、この我破穴留ガバアナル症だ。


 この症状は鋼門ゲートを限界以上に酷使した選手に顕れるものであり、具体的には許容を超えた刺激の過剰摂取によって、肉体の粘膜が過敏化してしまう症状を指す。


 これは外部刺激に適応する人体の構造上、仕方のない習性であるが、一瞬の気の緩みが勝敗を左右する尻闘けっとうにおいて、鋼門ゲートを突破されただけで過剰に反応してしまう症例は、致命的といえた。


 そうならぬよう、鋼門ゲートの鍛錬には細心の注意を払い、専門のトレーナーによる指導を受けるのが常識である。


 また仮に発症したとしても、初期であれば治療による症状緩和は、十分に見込める。


 しかしそうした肉体の悲鳴を無視したり、あるいは快楽に呑まれるなどして、症状を放置したまま尻闘けっとうを続けていると、やがてその感度は取り返しのつかないことになってしまう。


 スイのように。


「だからっ、言ったのに……すーくんのお尻はもう、限界だって……っ!」


 少女の嗚咽が、観客のざわめきに飲まれて消えた。


「……」


 幼馴染の射星アスタリスクを貫いたまま、残心の姿勢を保っていたローズは、尻闘道けっとうどうの作法に則り、束ねた指先を自らの顔に近づける。


(……だから貴様は、堕ちた早漏スピードスターなどと、くだらぬそしりを受けるのだ)


 不遇な環境下にあっても、おそらくスイは、道を違えてしまった幼馴染との約束を守るために、人一倍努力を重ねてきたのだろう。


 そして尻闘けっとうの試合は勝ち抜き形式だ。


 つまり周囲から実力が突出していれば、それだけ、ひと試合あたりの対戦回数が増えてしまう。


 恵まれない環境、

 愚劣なチームメイトたち、

 繰り返し刻まれる尻闘けっとうの疵痕……


 そうしたものが積み重なって、輝かしい彗星を、地に墜したのだ。


 一部で嘲笑とともに囁かれる二つ名スピードスターは、かつてのスイの活躍を妬む者たちによるものであった。


「貫地谷選手、試合続行不可能! よって勝者、海門学園中堅、私利阿奈選手うううううっ!」


「「「 うわああああああっ! 」」」


 終わってみれば、圧倒的な実力差を見せつけることとなったローズに、観客席からは万雷の拍手と称賛が降り注ぐ。


 それらを一身に浴びながら、嗅いだ『勝者の残り香ヴィクトリーパフューム』は、何故か少し、鼻の奥がツンとした。




【作者の呟き】


 いやあ、性しゅ……青春ですね!(迫真)


 

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