第8話 第二試合 其の壱
〈ローズ視点〉
試合が始まると同時に。
「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!」
鋭い呼気でリズムを刻みながら尻を振り、相手に
『おお〜っと貫地谷選手、先ほど見事な
『そうですねえ……しかも彼は、ただ早いだけでなく、ところどころに緩急を取り入れて、相手にリズムをとらせない対策をしています。あれほどの
全国屈指の名門、海門学園の先鋒を撃破したダークホースの魅せる尻技に、司会者たちからも熱い声援が贈られる。
意識の片隅でそれらを聴き流しながら、ローズは内心で独りごちる。
(……当然だ。本来あやつは、あんな場所にいるべき男ではない)
こうして
なにせ、本当ならスイは――
(――
その思いに至った瞬間に、
封じ込めていた記憶の枷が外れた。
「……っ!」
眉間の皺が深くなるが、
溢れ出る郷愁は止められない。
思い出すのは、二年前以上も前の記憶。
ローズとスイが袂を分たれた、
決別の日である。
⚫︎
今から二年ほど前。
中学三年生の冬。
中学時代に自分と同じく海門学園からのスカウトを受けていたスイは、突如、受験を目前にして推薦の辞退を申し出た。
輝かしい名門校への招待を蹴って、地元の弱小高校に通うなどと宣う幼馴染に、当然ながらローズは激怒する。
「何故だ!? どうしたというのだ、スイ! 某と貴様で、天下を取ろうという約束ではなかったのか!?」
「……ごめん、ろーちゃん」
糸目を見開いてまで食いかかるローズに、しかしスイは力なく謝罪を繰り返すばかり。
そんな不毛なやり取りを何度か繰り返したあとで、ついに赤髪の少年は、事態の核心へと踏み込んだ。
「……アスカの、ためか?
その場にはいなかった、少年たちのもうひとりの幼馴染、
当時の彼女は両親の不仲によって精神的に衰弱しており、全寮制の強豪校に進学する二人の幼なじみに対して、地元に置いていかれる立場のアスカが相当なストレスを抱えていることは、明白であった。
普段は明るく振る舞っているものの、ふとした折に尖らせた鉛筆の先を見つめながら「……すーくんも、私を置いていくんだね……」などと呟く姿に、ローズもまた危うさを感じていたものだ。物理的に。
「い、いい加減に、過保護はやめろ! いくら幼馴染とはいえ、いつまでも一緒にいられるわけじゃない! お前は、お前にしかできないことを成すべき男なのだと、自覚すべきだ!」
「……でも、今のあーちゃんには、僕が必要なんだよ」
そう言ってスイは、先ほどから着信の鳴り止まないスマホを見せつけてきた。
ヴヴヴッと、たった今も届いた着信主の名はアスカ。
内容は【どこにいるの?】。
スイがそばにいないときはほとんど毎分ごとに行われている、着信爆撃である。
「……っ、目を覚ますんだスイ! あいつは……少しばかり、お前に依存し過ぎている! このままでは共倒れだぞ!」
「だとしても、それであーちゃんが救われるのなら、それでいい。たとえおはようからおやすみまでを一時間毎に報告させられても、それで彼女の心が救われるのなら、安いものだよ」
「馬鹿ッ……者があ……っ! 女のために、尻を振り誤るなど、それでも貴様、
「……ごめんね、ろーちゃん」
それから何度も話し合ったものの、
少年たちの想いはすれ違ったまま。
結果、二人の道は分たれた。
⚫︎
その後、ローズは予定通りに海門学園へと進み、着実に実績を重ねて、今では
プロ選手への道筋も現実的なものとなり、
将来の見通しも明るい。
対して自分と同等の……否、それ以上の才能を持っていたはずのスイは、聞いたところによると彼が入学した時点で廃部寸前だったという弱小高校の、部長止まり。
今回はようやく地方大会まで勝ち残ったものの、これまでの二年間は全て予選敗退で、その無様な散り様には、皮肉のこもった通り名までもが与えられている有様だ。
彗星は地に堕ちた。
多忙な日々の合間で、時間を作ってはそうしたスイの活動を密かにチェックしていたローズは、彼の才能が潰されていく光景を、忸怩たる思いで見守っていたものだ。
(……だからこそ引導は、某の手で渡してやろうぞ!)
柄にもなく、
感傷に浸っていた自分に喝を入れて。
「フンッ! フンッ! フンッ! フンッ!」
ローズの糸目が、カッと見開かれた。
【作者の呟き】
あれ……実は
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