第6話 第一試合 其の弐

〈アスカ視点〉


「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!」


 上下左右に乱舞する桃髪少年の射星アスタリスク尻闘下着ケツパン越しに追跡するように、鋭い呼気でリズムを刻むスイの上半身が、カクカクと高速で移動する。


『おお〜っとここで、貫地谷かんじや選手が加速う! 早い早い早い、草猪くさいの選手に負けずとキレキレだあーっ!』


『しかもあれほど上半身を揺らしながら、脇は締め、手式はまったく乱れていません。いやはや、素晴らしい体幹と集中力ですね!』


 目を見張る解説者たちの言葉に、それまで桃髪少年の動きしか眼中になかった観客らも、にわかにざわつき始める。


「おいおい、アイツ、草猪の白布舞踊フェザーダンスについていってるよ!」

「マジか!?」

「ふつう腰がイカれるぞ!?」

「きゃー!」

「アスカきゅん、逃げて〜っ!」

「あのスピード……どっかで見たことあるような……」

「……あ、アイツ、越振こしふり中学の彗星スピードスターじゃねえ!?」

「ええっ!? マジかよ!?」


 目の超えた観客たちのなかには、

 スイの正体に気づいた者もいるようだ。


 かつてこの近隣で執り行われた試合において、数々の輝かしい功績を残した天才少年。


 目にも止まらぬスピードから、

 つけられた二つ名は彗星スピードスター


「……っ! うおおお、マジだ!」

「マジであの彗星スピードスターかよ!?」

「高校に上がった頃から急に話題に上がらなくなったけど、まだ尻闘けっとうやってたんだな!」

「相変わらず、バケモノみたいな腰捌こしさばきだぜ!」

 「この勝負……わからなくなってきたあああああっ!」


 観客たちの興奮が、

 対戦相手にも伝わったのか。


 全身に玉粒の汗を浮かべながら、

 桃髪の少年が吠える。


「上ッ等……ッ! ロートルが、ぶっちぎってやるわい!」


 さらにテンションのギアが上がったのが、

 跳ね回るケツパンの動きが加速する。


 もはや残像が見えるほどの黒布による乱舞であるが、スイは冷静にケツパンの奥、穿つべき射星アスタリスクだけを見据えていた。


「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!」


 そうした少年たちの射星追尾スターチェイスを目の当たりにて。


「……ッ!」


 呼吸を忘れて恋人を見つめる少女の掌が、

 ギュッと握り込まれる。


(対戦相手の子には悪いけど、あなたはひとつ、勘違いをしている)


 たしかにあの尻振りスウィングについていける、

 スイの上半身の速度は大したものだ。


 だが、彼の真骨頂はそこではない。


 二つ名の由来は、その攻めオフェンスにある。


「シュッ……チェスト――ッ!」


 尻闘けっとうにおいては、攻めオフェンス側は受けディフェンス側に凸撃アタック仕掛ける際、事前に申請した『宣言』を行わなけばならない。


 かつては決闘前に各々が名乗りをあげていたという、退魔武士たちの名残である。


 チーム全体で共有されるそれは、結野高校においては『チェスト』であり、三分間という攻めオフェンス側の持ち時間のなかで、それを行使できるのは上限五回まで。


 宣言し終わってからの一秒間が、受けディフェンス側の射星アスタリスク凸撃アタックを仕掛けてもいいとされる、猶予期間だ。


(やっちゃえ、すーくん!)


 猶予期間を過ぎてからの凸撃アタックは減点対象であり、場合によっては無効や反則にもなり得るため、宣言を行なった選手は速やかに凸撃アタックを行わなければならない。


 対戦相手に敬意を持って名乗りをあげ、覚悟を決める猶予を与えるこの駆け引きこそが、尻闘けっとうが紳士のスポーツと称される所以のひとつであるため、当然のことながら観客たちの期待も俄然、高まる。


 選手の恋人である少女であれば尚更だ。


(いっけえええええっ!)


 限界まで引き絞った弓から、

 矢を解き放つように。


 引き締められた少年の両脇から繰り出されたのは、かつて彗星スピードスターの異名で畏れられた高速の凸撃アタック


 放たれた手型は、人差し指を束ねた一般的オーソドックスな『フォーマルスタイルではなく、凸撃アタック時の精度と強度を犠牲にする代わりに、鋼門ゲートを突破した際の深度に比重を置いた、『ストロークスタイル


 押し固めた粘土や藁束に、何百何千回何万回と凸撃アタックすることで、関節が歪に膨れ上がった選手ファイターの指先が、一筋の彗星となって、桃髪少年の射星アスタリスクに飛来する。

 

「……ッ、んはあああアアアアアッ!」


 伸縮性能の高い布地の決闘下着ケツパンの上から、正確に射星アスタリスクを貫いた指先は、そのまま桃髪少年の体内である『奥路トンネル』を駆け抜けて、一気呵成のうちに、男性の急所とされる『奥殿ゴール』にまで到達したようだ。


 如何に鍛え抜かれた尻闘者デュエリストとはいえ、予め奥殿ゴールに『感度を三千倍に引き上げる魔法』を施されていれば、その衝撃に耐えられるはずはない。


 桃髪の少年はグルンと、

 白眼を剥いて。


「……お、おほっ、んほおおおおおっ!」

 

 絶叫を上げながら絶頂した。


 専門用語で言う『完頂(かんちょう)』状態だ。


 外部からもそれが判別できるようにと視覚化された、少年の背中に刻まれた魔法印が、燃え尽きる星のように、煌々と輝く。


「……草猪選手、完頂を確認! よって第一試合、結野高校戦法、貫地谷選手の勝利!」


「「「 うわあああああっ! 」」」


 尻闘場けっとうじょうに居残る審判員ジャッジが宣言した瞬間、またしても会場が湧いた。


「ま、まじでやりやがった!」

「大番狂せだ!」

「彗星は、錆びついていなかった!」

「いやあああ! アスカきゅう〜んっ!」

「目を覚まして〜!」


『いやはやこれは、初戦から予想外の結果となりましたね! 先鋒戦から大将格をぶつける結野高校の奇策が、上手く刺さった形でしょうか!?』


『そのように判断するのが、適切でしょうね。ですがそれは、貫地谷選手の潜在能力があってのもの。この勝利は間違いなく、彼の実力ですよ』


 会場の興奮が冷めやらぬなか、もっともその勝利を噛み締めていたのは、幼馴染の姿をずっと見守り続けていた、恋人の少女である。


「う、うう……やっだ……ようやぐ、やってやっだねえ、すーぐうん……っ!」


「……先輩、大げさですよ。……まだ試合は、あるんですから」


「さすが先輩、見事な完頂なんだぜ!」


 涙で顔を濡らす幼馴染に、呆れた表情を浮かべつつもその背中を撫でる金髪の少年と、瞳を輝かせながら称賛を贈る黒髪の少年。


 そうしたチームメイトたちに向けて、

 尻闘場けっとうじょうに立つ少年は。


「……すう」


 勝者の作法として指先から『勝利の残り香ヴィクトリーパヒューム』を嗅ぎつつ、照れたような微笑みを浮かべるのであった。




【作者の呟き】


 奥殿 = 前立腺 ですね。


 はたしてこの世界観に、

 どれだけの読者がついてこれるのか……



 

 


  


 


 


 



 

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