第5話 第一試合 其の壱

〈アスカ視点〉


(うそっ!? なんなの、アレ……っ!?)


 選手と審判員しか立ち入ることの許されない、円形尻闘場けっとうじょうから少し距離を置いた、後方にて。


 恋人の勝利を願う少女の瞳に映ったのは、

 異様な光景であった。


「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


 鋭く吐き出される掛け声で、

 己のリズムを刻むように。


 鍛えられた肉体と、魔力による身体能力強化によって、上下左右、高速で跳ね回る桃髪少年の尻は、見るものに尻闘下着ケツパンに生えた翼を幻視させるほどの、圧倒的スピードであった。


『おお〜っとこれは、草猪選手、凄まじい尻振りスウィングだあああああ! キレてるキレてる! パンツに羽が生えてるよおおおおお!』


『本当に、一年生とは思えない尻振りスウィングですね。それを可能としているのは、あの作り込まれた足腰の土台と、練り込まれた魔力による身体強化……基礎を疎かにしていては、この受けディフェンスはあり得ません。さすが名門校の若きエース、見事な鍛錬の成果です!』


「ヒュー! すっげえケツのキレだぜ!」

「キレッキレだあ!」

「相手さん、目え回してるよー!」

「きゃー! カオルきゅんステキーっ!」

「その美尻で私を踏み潰してーっ!」


 全国屈指の名門校、海門学園の先鋒が披露する尻技に、会場中から歓声が沸く。


 さらに、


「「「 そーれそれそれそーれそっ! 」」」


「「「 発っ! 」」」


「「「 そーれそれそれそーれそっ! 」」」


「「「 破っ! 」」」


「「「 いけいけ海門! 舞え舞え海門! 相手の指を、ぶっちぎれーっ! 」」」


 参加校用に貸し切られた観客席の一部からは、レギュラー入りできなかった三十名ほどの海門学園生徒たちが、息を揃えた応援を熱唱していた。


 解説者の称賛、観客らの声援、部員たちの応援……

 

 そうした注目を、一身に浴びて。


「もっと……もっとやあああああ! もっとワイを見いッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


 また一段階と、桃髪少年の尻振りスウィング速度ギアが上がる。


 身体のキレに合わせて弾ける汗粒が、天井からの照明を浴びてキラキラと輝くことで、白布による舞踏を幻想的に彩っていた。


「うええ!? あれでまだ、本気じゃなかったの!?」


「……たぶん、テンションで、能力が上がるタイプなんですよ」


「うおおおおお! すっげえ腰振りスウィングだな! じっちゃんちのタロウみたいだ!」


 タロウとは、イクの祖父が飼っている愛犬(♂)である。


「こらイッくん! 選手のお尻を、犬猫に例えるなんて失礼だよ! めっ!」


「うす! ごめんなさいだぜ、アスカ先輩!」

 

 マネージャーである少女に叱られ、

 黒髪少年は素直に謝罪した。


 育ちが特殊であるために、常識が少々欠如しているだけで、根は素直な少年なのである。


「俺はそういうのよくわかんないから、ご指導はありがたいんだぜ!」


「……大丈夫。……そういうところも、イッちゃんの魅力だから……むしろ自信を持って、いいと思う」


「いやいや、天然で失礼って、一番タチ悪くない?」


「…………」


 流石にそこは擁護できないようで、親イク派である金髪少年は、尻闘場けっとうじょうに視線を戻した。


「……でも、相手がスピード勝負を挑んできてくれるなら、好都合。……特化型なのも、部長には追い風。……情報通り」


 尻闘けっとうにおける『受けディフェンススタイルにはいくつかのパターンがあるが、桃髪少年の場合は、尻振りスウィングで相手に的を絞らせないスピードタイプの中でも、さらに速度に特化した跳尻型ロデオスタイルだ。


 攻めオフェンス側はまず、相手の固く閉ざされた鋼門ゲートに、己の束ねた指先を凸撃アタックすること、専門用語で言う『突破』することが、第一の目標となる。


 対して受けディフェンス側はそれを阻むために、鋼門こうもんをより強固に締め付けることでかんぬきをかける『静』の守りと、鋼門ゲートを高速で動かすことで相手に狙いを絞らせない『動』の守りの、いずれかを選ぶことがセオリーであった。


 ちなみに『動』の選手の場合、夜空で瞬く星々のようなその動きから、鋼門ゲート射星アスタリスクと例えるのが一般的である。


 そして桃髪少年は典型的な『スピード選手ファイター


 さらに鍛錬によって鍛えられ、魔力強化も上乗せされた尻闘者デュエリストの臀部は、ゴム鞠の弾力と鋼鉄の強度を併せ持つ。


 同じく身体能力を強化した攻めオフェンス側であっても、下手な凸撃アタックを行えば突き指や脱臼、骨折などの負傷は十分に起こり得る事態だ。


 そうでなくとも突破に至らない凸撃アタックは、審判員による減点の対象となるため、攻めオフェンス側が不用意な攻撃を控えるのは、当然の心理であった。


(でも……私のすーくんだって、負けていないんだから!)


 だとしても挑戦者が、

 勝利を諦める理由には足り得ない。


「いっけえええええ! すーくうううううんっ!」


 周囲に溢れる音の洪水に負けじと、

 必死に叫ぶ恋人の声援に応えるように。


「……シュッ!」


 それまで静観を保っていた青髪少年が、

 口から鋭く息を吐き出した。


「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!」


 持ち時間のうち三分の一を使い、ようやく相手のリズムを読み切った青髪の少年が、加速を始める。




【作者の呟き】


 後半はもっと酷くなるので、覚悟してください。

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