第4話 第一試合 前哨戦

〈スイ視点〉


「やった! さすが先輩なんだぜ!」


「信じてた! わたし、すーくんはやるときはやる子だって信じてたよ!」


「……ふう。……これで……ひとまずは、最低条件、クリアですね」


 試合の先攻権を獲得した旨を伝えると、チームメイトであるイク、アスカ、ナルミの三名は、それぞれの喜びをもってスイを称賛してくれた。


「でもまあ、ちゃんと勝ち取ったんじゃなくて、譲ってもらったってところが、なんとも僕らしいけどね」


「ん? それって、どういうことなんだ? もしかして海門学園あっちが、先攻権を放棄したのか? なんでなんだぜ?」


「ねえねえ、さっきのアレって、やっぱりろーくんだったよね?」


 海門学園代表の正体に、

 アスカも気付いていたらしい。


 スイは顎を引く。


「うん、そうだね」

 

「ということは、つまり……」


「……なるほど、そういうこと」


 聡い少女と少年は、すぐに二人のやり取りを汲んでくれたようだ。


 なにせスイとローズ、そしてアスカの三人は、幼少期からの付き合いがある、幼馴染である。


 中学校までは同じ尻闘部けっとうぶに所属し、切磋琢磨していた両名であるが、高校進学の折に、諸事情によって海門学園の推薦をとりやめて地元に残ったスイと、元より結野高校に進学予定だったアスカ、そして当初の予定のまま海門学園に進学したローズとで、三名の道は別れてしまった。


 その頃からローズは二人との連絡を断ち、じつに二年以上ぶりの再会となる先ほどにおいては、スイにあのような言動をとったのである。


 そうした事情を加味した上で……


「……あの糸目野郎! 相変わらず私のすーくんに、色目を使いやがってっ! 卑しいっ!」


「……違う、先輩。……そうじゃないです。……空気読んでください」


 訂正。


 何故か幼馴染が幼馴染に嫉妬していた。


「ん? んん?」


 唯一、黒髪の少年だけが頭の上に疑問符を浮かべて、首を傾げている。


「……っていうか、そのへんの僕たちの事情って、たしかイクくんにも説明しなかったっけ?」


「ん? そうなのかー?」


「……ダメですよ、部長。……イッちゃんは……難しい話は、すぐに忘れちゃうので。……具体的には十文字以上の単語から、怪しくなってきます」


「おいおい、ナルミくん! そんなに褒められると、照れるんだぜ!」


「……あと話も大体、聞いているようで、空気だけで喋っていること多いです」


「う〜ん、野生児だねえ」


 まあ彼も大概、複雑な事情を抱えている少年だ。


 この場で言及するような野暮はすまい。


 それよりも、今は。


「……すーくん、勝てるよね?」


 先攻権はあくまで、勝利に必要なピースのひとつにすぎない。


 大事なのはここで自分が、強豪校相手に白星を先取すること。


 即ち勝つこと。


「……」


 心配そうに目を潤ませる恋人に、温厚なスイにしては珍しい、勝気な笑みを浮かべてた。


「任せてよ、あーちゃん」


「お願い、あの未練たらしい糸目野郎をぶちのめして、ちゃんと私のところに、帰ってきてね……っ!」


「おお、なんだかアスカ先輩が燃えてるぜ! 過激なんだぜ!」


「……完全に……私怨ですねえ……」


「……ははっ。善処します」


 何故か瞳からハイライトを消してしまった恋人の頭を撫でつつ、この場にいない幼馴染に向かって、スイは心の中で宣言する。


(ちゃんと見ていてよ、ろーちゃん。彗星スピードスターはまだ堕ちていないことを、今日の試合で証明してみせる!)


         ⚫︎


〈スイ視点〉 


『さあーて両校ともに、選手の準備が整いましたので、これより第一試合を開始します!』


 試合会場に用意された、四つの円形尻闘場けっとうじょう


 そのうちのひとつ。


 選手と審判員以外が排除された神聖なる空間において、二人の少年が対峙していた。


 一方は青髪の少年、スイ。


 試合における先攻権を得た結野けつの高校尻闘けっとう部の部長は、睨み合う舞台の中央で足を肩幅に広げて重心を降ろし、やや腰を浮かせた姿勢で、脇を締め、両手を組み合わせて手型フォームを形作る。


 手型フォームとは、尻闘けっとうにおいて規定されている、凸撃アタックに必要な指先の組み合わせパターンであり、スイが選んだのは、両手の中指を束ねて突き立てる『ストロークフォーム


「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!」


 数ある手型フォームのなかでもっとも凸撃アタック時の侵度が深いとされる手型を構え、鋭く呼気を刻みながら、身体の正面で閉じ合わせた両手を前後させることで、コンパクトな素振りを行なっている。


『えー、提出された資料によりますと、結野けつの高校は三年生の部長が一人に一年生が二人という、異色のチーム構成。しかもそのたった一人の三年生、部長の貫地谷かんじや選手がこうして先鋒を務めるというのは、果たして如何なる意図があってのことなのでしょうか? 気になりますねえ、菊乃城さん?』


『ええ、基本的にはもっとも実力のある者が、大将を担うというのが尻闘けっとうのセオリーですが……相手はあの、海門学園。全国レベルの強豪校を相手に、正道せいどうではない奇策を用いるのは、理解できる選択ではあります』


 解説者たちは婉曲な表現を用いているが、それはつまり、真っ当な方法では勝ち目がないということ。


 全国に名を馳せる強豪校という看板は、それほどまでに分厚く、大きい。


『この重要な一戦において、策を講じた結野高校の選択は、果たして吉と出るのか凶と出るのか……っ!?』

 

『そればかりは尻闘けっとうが終わるまで誰にもわかりませんが……しかし少なくとも、彼の目は死んでいません。見てください、あのキレのある凸撃アタックを。それを支える尻筋もキュッと引き締まいますし、相当に仕上げてきていますよ、アレは』


 プロの尻闘者デュエリストである解説者が評価するように、ピッチリと肌に張り付く素材の尻闘下着ケツパンは、凛々しく引き締まったスイの尻筋を浮かび上がらせていた。


 スマートでありながら躍動感のある臀部は、さながら獲物を狙う肉食獣のそれ。


「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!」


 没頭するように、コンパクトな素振りを繰り返すスイの表情に、迷いはない。

 

『対して後攻となる海門学園の先鋒は、一年生のエース、草猪くさいのカオル選手! 高校生になっての公式大会はこれが初出場という話ですが、中学時代からすでに輝かしい戦績を残している彼は、いやなかなかに、肝の座った堂々たる構えですね! とても一年生とは思えません!』


『ええ、肉付きこそ薄いですが、鋼門ゲートはしっかりと閉じていて硬そうですね。あれをこじ開けるのは大変ですよ〜』


「はっ。わかっとるやないけ、ガヤども」


 拡声器から聴こえてくる解説者たちの賞賛に、そのような呟きを漏らすのは、魔力変異による桃髪の一部を編み込んだ、褐色肌の少年である。


 対戦者であるスイに背中を向けているため表情を見ることはできないが、勝気な発言と、誘うような尻の動きから、強気な性格なのだと想像がつく。


 背中の中央下、尾骨のやや上あたり。


 選手の敗北を知らせるための魔法印、通称『感度3000倍紋』が、桃髪少年の練り上げる魔力に呼応して、挑発的に輝いていた。


(背はあまり高くないけど、かなり絞られてるね。情報通り、受けディフェンスは典型的な速度スピードタイプか)


 ならば自分との相性は悪くない。


 否、あとのことを考えるならば、ここで確実に仕留める。


 漲るスイの戦意を背中越しに感じ取ったのか、桃髪少年の声が弾む。


「いいねえ、いいねえ、アンタの魔力、ビンッビンに感じるぜえ。さすがローズパイセンの、昔のチームメイトだっただけのことはあるようやな」


「どうも、それは光栄だね」


「せやけどワイの敵やない。今のスピードキングはワイや、ロートルはすっこんどれ!」


「……ふふ。ナマイキな後輩は、嫌いじゃないよ?」


「ハッ。精々ほざいときいや、オッサン」


 ビビビッーと。


 規定時間となったため、試合開始を告げるブザーが会場に鳴り響いた。


 これからの三分間が、スイに与えられた攻めオフェンスタイムだ。


 同時に、受けディフェンス側である少年の尻が跳ねる。


「オレサマのケツ、捉えれるモンなら捉えてみやがれッ!」


 大会規定に従って両手を頭の後ろに組み、大股を開いた姿勢から、桃髪少年はさらに前屈。前傾姿勢をとる。


 重心を下げ、腰を突き出すことで、尻部にかかる負荷を限界まで減らした漆黒のケツパンから、翼が生えた。


「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


 会場に、桃髪少年の声が響き渡る。




【作者の呟き】


 ピンク髪はイ⚪︎ラン。

 はっきりわかんだね。


 

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