第3話 開幕 其の弐

〈スイ視点〉


 予想外というべきか。

 あるいは予想通りというべきなのか……


「……ろーくん」


 相撲の土俵じみた尻闘場けっとうじょうの中央で、審判員ジャッジとともにスイを待ち受けていたのは、彼岸花のような赤髪を垂らした糸目の少年であった。


「……キミが、相手でいいのかな? そっちの部長は出てこないのかい?」


「我らの大将は、つまらぬ些事にこだわらぬ。ゆえにこのような雑事は、補佐であるそれがしの役目だ」


 やや時代錯誤めいた口調で話すのは、

 私立海門かいもん学園尻闘けっとう部の副部長。


 高校三年生で、かつてはスイと同じチームで勝敗を分かち合っていた、幼馴染である。


 白を基調とした袖無しノースリーブゼッケンと決闘下着ケツパンを着用するスイに対して、赤髪の少年は黒を基調とするものを着用しており、ゼッケンの胸元には『私利阿奈しりあなローズ』と記載されていた。


「……久方ぶりだな、貫地谷かんじや


 そのように幼馴染スイの名を呼ぶ少年は、

 一体どのような想いを抱いているのか。


 柳眉の根本に皺を刻むローズの背丈は、

 立ち並ぶスイと同程度である。


 だが細身で絞られたスイとは異なり、

 あちらは程よい筋肉で全身を覆っていった。


 丁寧に櫛削れた赤髪を長く垂らしており、瞳はほとんど閉ざされているように、細まっている。


 厳格という言葉を擬人化したような緊張感のある顔の造形と、古めかしい言葉遣いから、かつて仏閣を守護していたという僧兵を想起させる、張り詰めた空気を纏う少年であった。


「……それにしても、諦めが悪い」


 やや、間を置いて。


 次にその口から溢れたのは、じつに二年越しの再会となる幼馴染みに対する、侮蔑の言葉だった。


「そして頭も悪い。滑稽だ。このような場にあんな雑兵を引き連れて、わざわざ恥を掻きに来たのか?」


「それは見解の相違だよ、ろーちゃん。ボクはいつだって――」


「――気安くその名を呼ぶな、裏切り者!」


 否定の言葉は、鋭く、激しく。


 込められた嫌悪を感じ取ったスイは、

 微笑みに寂寥せきりょうを滲ませる。


「……ごめんね、私利阿奈くん。でも僕は、あの頃から一度だって、戦う前から勝利を諦めたことはない。それは僕らの学んだ尻闘道けっとうどうに反するものだ。だからたとえ、キミが相手だろうと――僕は、勝つよ」


「……そのようなうつけの戯言に、あの者たちも巻き込むのか?」


 まっすぐな蒼の瞳から逃れるように。


 スイの後方で待機する少年たちを指して、ローズは元より細い瞳を、痛ましそうに絞る。


「……哀れなり。あの兵子らは、ついていく将を間違えた」


「たしかに僕は、将の器じゃない。それは正解だ。でも一つ、キミの勘違いを正させてもらうなら、彼らは僕の手下じゃない。僕の仲間だ。僕と一緒に、キミたちに挑もうとするあの子たちを、あんまり甘く見ないほうがいい」


「……ほう」


「二人とも、いい加減にしなさい。時間を使いすぎです」


 少年たちの会話に割り込んだのは、試合の進行役でもある審判員だ。


 腕時計を気にする素振りを見せつつも、ギリギリまで二人の会話を許容してくれた審判員に軽く頭を下げつつ、指示に従う。


「それで海門学園の代表、あなたはどちらにしますか?」


「裏」


「それじゃあ僕は、表で」


 地区予選のシード高である海門学園代表が、先にコイントスの裏側を指定した。


 次いでスイが表側を指定すると、キインと小気味のいい音を伴って、審判員の指に弾かれたコインが、宙を舞った。


(……頼む! 表よ、出てくれ……っ!)


 やけに長く感じられた一秒間。


 パシンと、手のひらを叩く音がして。


 審判員がコインを覆った手を退けると、そこには……


「……裏」


 思わず、スイは手のひらを握り込んだ。


(ごめん……ごめんよ、ふたりとも! 僕が、不甲斐ないばっかりに……っ!)


 もし仮に、スイが所属する結野高校尻闘けっとう部が去年から善戦しており、シード権を獲得していれば、こうしたコイントスの結果は、別のものになっていたかもしれない。


 過去の自らの行いによって、

 戦うことすらできずに負けた。


 弱小と評される自分達が強豪に勝つためのか細い道筋の、一歩目で躓いてしまった。


 少年の胸を、忸怩たる悔恨が埋め尽くす。


「それでは海門学園。先攻と後攻、どちらにしますか?」


 審判員が確認するものの、

 そこは間違いなく先攻だ。


 選手の能力を活かした手番や駆け引きなどがあるとはいえ、基本的に尻闘けっとうとは、一回でも攻め手を増やせる先攻が有利だとされている。あちらがそれを、躊躇う道理などない。


「……では、後攻で」


 だというのに。


「……っ! ろーくん!?」


 あえて悪手を選んだローズは、ほんの僅かに、眉間の皺を緩めた。


「……だからその名で呼ぶなというのに、たわけが。そして勘違いするな。これは貴様らに、慈悲を与えたわけではない」


「……どういう、ことだい?」


「策が、あるのだろう?」


 指摘する声音には、確信の色。


「ならば思う存分に、小手先を講じればよい。その全てを正面から叩き潰してやろう。それが王者の、あるべき姿だ」


 そして自負。


 如何なる小細工も無意味であると、

 かつての幼馴染は無情に告げる。


「ろー……私利阿奈くん。それでも、僕は――」


「――精々せいぜい忘れるな。貴様を倒すのは、それがしだ」


 そのように言い切って。


 踵を返し、尻闘けっとう場から今の仲間たちの元へと立ち去っていく好敵手ライバルの背に、スイは深々と、一礼を捧げたのだった。


 


【作者の呟き】


 というわけでシアリアス(?)ターン終わり!


 次回からようやく本番(意味深)です!


 


 次回からギアをあげていきます!


 

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