第18話 脅かす側の戦い方

 東の森につながる道を4人の武装兵が、静かに歩いていた。かなり近い。ちょうど彼らは、村の境界がわりに植えた木の柵を通過した頃だ。


 来たね、と息を潜めた望海が言う。もう肉眼でも見える距離だ。耳を澄ませば、息遣いすら聞こえてきそうだった。



「頼むぞみんな、上手くやってくれよ。連携するのが作戦の肝なんだから」僕が祈るように呟くと、望海はそっと耳打ちした。


「大丈夫だよ。きっと成功する。それにしてもスゴイことをひらめいたよね。揺さぶり作戦だっけ?」


「そうだよ。真っ向勝負はリスクが高すぎる。だから敵には、まず恐怖を与えて冷静さを奪った後、一気に叩く。それが一番勝算の見込める気がしてるんだ」


「ほんと天才だよね。簡単には閃かないと思うよ」


「いや、そんな、大したことじゃ……」



 謙遜ではなかった。なにせこれは、アマトー坂下のラジオで聞いた話の受け売りだったから。どんなに強い軍隊でも、逃げ腰になれば脆い。そんな話を、いつだったか耳にしたのを覚えている。


 つまりは机上の空論、実体験から来るものではない。だから成功の保証なんて無い。無いけども、武器を持たない非戦闘員の僕たちに出来る、唯一とも言える作戦だった。



「望海ちゃん。分かってるとは思うけど、静かにお願い」


「うん。もう黙るね」



 敵の一団はもう村に足を踏み入れていた。やがて辻の付近まで歩を進め、そして立ち止まった。彼らは驚愕しているようだった。



「すげぇ……なんだここ。こんな場所があったのかよ?」


「隠れ里みたいな感じすかね? 逃亡者だけで寄り集まってたり」


「これは一朝一夕じゃないな。何年も定住しているとしか思えん」



 青腕章たちは呑気に感想を述べた。今のところ、恐怖は感じていないようだ。それよりも、湿った風や遠雷から、雨の心配をしているようだった。



「これヤバッ! 見てください隊長、食いもんがたくさん実ってる! こんだけありゃ大金持ちだ!」



 先頭の、労祖(ロッソ)という名の若い保安官が叫んだ。彼はたまらず駆け出そうとしたのだが、隊長に怒鳴り散らされた。勝手に動くなと叱られたのだ。ロッソは、イタズラ後の犬のような表情になった。


 そんな彼らの姿を見て、僕は小さく落胆した。予想したより敵の肝が座っている。だが、もしかすると好都合かもしれない。萎縮しない方が無防備に探索するだろうから。



「よし、そのまま行ってくれ。疑問をもたずに奥へ……」



 僕がそう念じながら眺めていると、隣の望海が突然頭を持ち上げた。物陰が隠してくれるので、見咎められる事はない。だが、衣擦れの音にはヒヤヒヤさせられた。



「静かにして。僕らの位置がバレたら作戦が台無しだ」


「ごめっ、ちょっと鼻が、ムズムズして……」


「待って、嘘だろ。よりにもよって今?」


「へっ……ふぃっ……。ぺくちっ」



 控えめなクシャミ。幸いにも、その音は敵まで届く事はなかった。絶妙なタイミングで隊長が怒鳴ったからだ。「どこに隠れている、紫遠(しおん)! 逃亡者もだ! 10数えるうちに出てこい!」


 青腕章たちは、村の中央付近に目を向けたままだ。間一髪。運に助けられたとしか言えない流れだった。



「頼むよ望海ちゃん。そんなもので失敗なんて、泣くに泣けない」


「いやほんとゴメン。次はお腹を裂いて、そこに口をつけてクシャミする」


「怖いよ。とにかく集中しよう」



 僕が視線を保安官に戻した時、ちょうど10を数え終えたところだった。それから「かくれんぼは楽しいかシオン! こうなったら懲戒じゃ済まない。ブタ箱行きを覚悟しろ!」隊長は、苛立ちを隠さずにアゴをしゃくった。進軍の合図だった。



「僕たちも追いかけよう。僕は左手のみんなに声掛けにいく。望海ちゃんは右の家屋をお願いできる?」


「任せて。タイミングは打ち合わせ通りね?」


「変更無いよ。よろしく」



 保安官たちは辻を曲がって、広場の方へ向かった。4人まとまって動いているのはありがたい。バラけて探索されるケースを懸念したが、それは杞憂だった。


 僕は足音を殺しながら、大きく迂回して、田んぼの裏手までやって来た。金色の稲穂が揺れる傍らで、数名のゾンビが地面に横たわっていた。



「みんな、準備はいいね?」


「もちろんでさぁ。早く来ねぇかってウズウズしてます」


「そろそろだよ。あと少し……。うん、今!」



 僕が合図を出すと、村人たちは綱を強く引っ張った。それは稲と繋がっており、彼らの動きに合わせて稲穂が揺れた。


 すぐに保安官たちが反応した。「そこに居るのか!」彼らは銃を構えて田んぼの方を注視した。もちろんだが人影などない。彼らは威嚇のつもりか、一発の射撃音が響いた。それでも収穫ナシと知ると、彼らは隊列の向きを変えた。


 

「どうせ風でも吹いたんだろ」



 青腕章の誰かが言うが、ロッソは別だった。「いや風なんて吹いてなかった。それよりも、誰かに見られてる気がしません?」ロッソはどうやら敏感な性質(たち)のようだ。しかし他の者たちはとりあわない。



「見られてるのは当然だろ。逃亡者の2人が居るのは確実で、たぶんシオンも一緒だ。そいつらの視線だろうよ」


「いや、そんなんじゃなくて、もっと多くの。何十人と潜んでるような……」


「んなワケあるか。ビビってんじゃねぇ」



 するとその時だ。道を挟んで向かい側で甲高い音が鳴り響いた。まず1つ、遅れて2つ目。その音には敵の全員が鋭く反応した。



「そこにいやがったのか、出てこい!」



 4人が一斉に家屋の中に踏み込んだ。しかし、そこはモヌケの殻だ。望海たちが、屋外のさらに遠のいた位置から針金を引っ張って、食器を転がしただけなのだ。


 彼らは何の手がかりもなく外へ戻ってきた。その顔色の半分は苛立ち、もう半分は青ざめていた。



「隊長、この村はなんか気味悪くないですか?」ロッソの言葉を隊長が叱った。


「バカを言うな、怖気づいたか?」


「いやいやそんな! オレはただ、妙な雰囲気だなって」


「何を懸念してる。聞くだけ聞いてやる」


「たとえば、こう、ゾンビでも潜んでそうな」


「じゃあここがゾンビ村だって? 奴らが丹精込めて稲育てて家も建て直して、慎ましやかに暮らしてますって? あんな低能で肉を食らうだけの化物が? ありえるか、そんなこと!」



 隊長が蹴る仕草を見せると、保安官たちも渋々歩き出した。向かうは広場の方だ。


 ここまでの流れは良い。薄々ながら僕たちの存在に気づきだしてる。同時に、その可能性を否定したがってもいるようだ。彼らの心は今、大きく揺さぶられているだろう。



「いいぞ、そのまま次のステップを踏んでくれ」



 僕は村長宅の丘に潜み、陰から覗き込んだ。彼らは発信機の方へ一直線だ。



「隊長、見つけました! ブレスレットがここに!」ロッソが言うなり、彼らは一斉に顔を向けた。そこには1両のリヤカーがひっそりと停められている。


「囚人どもはどこへいった? 鍵がなきゃ外せない構造だぞ」


「隊長、周りの地面がその、薄っすら赤くないですか?」


「確かに、言われてみれば……」



 血の跡に気づいてくれた。この瞬間、彼らは悟っただろう。失踪した人間は逃亡したのではなく、何者かに害されたのだと。


 そして、敢えて血痕を垂らしておいた。それは村長宅に続いている。



「隊長、向こうの方に血が」


「だったらあの家を調べるぞ。きっと何かあるに違いない」


「待ってください、隊長。ここは一旦エターナルに、いやエデンまで戻りましょう。これはもう外征部隊(アームズ)の領分ですよ」


「まだゾンビと決まったわけじゃない。応援要請は、奴らの姿を確認してからだ。分かったら行け」



 村長宅に入った。4人ともだ。ここが大詰めになる。


 僕は窓から室内の様子を覗いながら、その時を見定めた。



「隊長、ここは他の家よりちょっと広いですね」


「顔役なのかもしれん。ともかく注意しろ」


「ったく、どうしてこんなに暗いんだよ。灯りくらい作れよマジで」



 4人が家の奥まで入った。それを見るなり、僕は川の方へ石を2回に分けて投げた。その合図で発電機を止めていたゾンビが手を離した。電線伝いに電流が流れでゆき、それは村長宅入口に置いた電球に繋がっていた。


 暗闇でいきなり光る。敵は一斉に電球の方へ振り向いた。



「誰だ!」



 全員がそちらに銃口を向けた。誰もいるはずはない。ただ勝手に灯りがついただけなのだから。


 村人ならば保安官たちの背後だ。そこには大型のロッカーを設置しており、中に村人を潜ませていた。今なら簡単に襲いかかることが出来る。



「今だ、攻撃!」



 僕が叫ぶ。するとけたたましい音をたてて、ロッカーが開いた。現れた村人は3人。彼らは最短距離で保安官たちに襲いかかった。



「ひぃぃ! ゾンビだ! ゾンビが出た!!」



 いきなり懐に入られた保安官は、銃を向けようとするが間に合わない。1人、2人と組み伏せられてゆく。辛うじて攻撃を免れた保安官達も大混乱に陥っている。初撃は成功だ。



「よし、あとは入口から攻め込んで挟み撃ちだ」  



 僕の傍には数名の村人が集まっていた。突入部隊だ。保安官たちは、室内で必死に抗戦するだろう。そこへ僕たちも躍り出て戦う。


 銃は強力な武器だが、乱戦になれば扱いにくい。噛みつけば勝てる僕たちにとって、屋内戦は有利だった。



「みんな、心の準備はいいね。突入――」



 僕が合図を出そうとした瞬間、村長宅から2つの影が飛び出した。村人か。いや違う、どちらも青腕章をつけている。



「隊長、助けて! 死にたくない、死にたく――ギャアアア!!!」



 断末魔の叫び声が2つ、響いた。まさか部下を助けもせずに見捨てたのか。


 保安官の動きは全く想定しないものだった。相手の早すぎる決断に、僕の作戦はおおいに狂わされてしまった。



「チッ、外にもゾンビが大勢いやがる!」



 隊長が苦々しく言うと、ためらう事なく発砲した。しかし狙われたのは僕たちじゃない。味方のロッソを撃ったのだ。



「うわぁ! 隊長、何をするんですか!」ロッソが血まみれの太腿を押さえながら叫んだ。


「これは災難だなロッソ。その足じゃ逃げられない。せいぜい時間稼ぎを頼むぞ」


「その足じゃって、アンタが撃ったんじゃないか……!」


「安心しろ。お前たちは2階級特進だ。死んでから上級民のリストに名を連ねる事になる。鼻が高くて羨ましい」



 隊長はそう言い捨てると、脇目もふらずに駆け出した。ロッソは喚き散らしながら、逃げる隊長を銃撃した。しかし狙いは定まらず、あらぬ方に撃つばかりで、ついには倒れて動かなくなる。


 それから間もなく、こちらに迫る駆け足の音が聞こえた。望海だった。


 

「リンタローくん、様子はどう?」



 望海の傍らに早見鳥夫妻や、タネ婆さんの姿もある。みんな無事のようだ。



「中の2人、それとここに倒れてる1人は、もう無力化したよ。でも隊長には逃げられた」


「逃げていくなら、別に良いんじゃない?」


「いやダメだ。この村のことを人間たちに知られてしまう。次からは対策を練ったうえで攻略しようとするだろ。そうなったら僕たちも大きな犠牲を払うことになる」


「じゃあ、追いかけないと」


「僕が行く。皆は人間たちの手当をよろしく!」


「あっ、待ってリンタローくん!」


「いろいろと聞き出したい事があるから、頼んだよ」

 


 僕は、そう言い残して走り出した。選ぶは近道。丁寧に追いかける必要はなかった。


 行く先の目星はついている。連中が乗ってきたワゴン車に違いない。



「それにしてもアイツ、あっさりと仲間を見捨てたな。しかも生贄にするだなんて……!」



 憎悪が込み上げてくる。腹の奥が燃え盛るように熱い。脳裏に浮かぶのは、僕がアームズに撃ち殺され、身体を焼かれた光景だ。


 肌の中で泡が弾けた気がした。その感覚がいっそう僕の怒りを掻き立てる。あの男は許せない、逃がしてはならないと、もう1人の僕が叫んだ。


 僕は実際に声を張り上げる代わりに、薄暗い森の地面を強く踏みしめた。

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