第3夜

「千秋ちゃん。今日も楽しかったよ。」

「ありがとうございました。またご贔屓に。」

上機嫌に帰る客が部屋から出ていくまで、千秋はお辞儀をしていた。

「相変わらずの人気で大層鼻高々でしょうね。」

頭の上から聞こえた声に千秋は目をやると、そこには恨めしそうな顔をして立っている同じ舞妓の美紀だった。

「私のおこぼれでこの座敷にも付けたのに、さっと私の客取ってってさ。少しは遠慮ってものがないの?」

特に言い返さずに帰り支度を始めた千秋に、美紀は苛立ちを隠せなかった。

「客の前でしか物言えないの、あんたって!」

そう言うと千秋の荷物を蹴り倒した。

「美紀さんに嫌な気持ちさせたなら、謝ります。でも、私何かした覚えはないので。」

特に表情も変えず言う千秋に、ますます美紀は顔を赤くさせた。

「美紀さん、こんなの放っておきましょ?美紀さんのおこぼれじゃないとお客取れない可哀想な子なんですから。」

美紀の肩に芸者の杏が手を置き、千秋を美紀と同じような目線で見つめた。

「ニコニコもしないで、自分の顔が良いからって。少しは愛嬌がなくちゃやっていけないわよ。」

杏はそう言っている中でも、千秋は特に表情を変えず荷物を片付け直し、二人に会釈をして部屋を出ていった。

まるで二人のいびりに何も感じて居ないという千秋の振るまいに、美紀は固く握りこぶしを作った。

「あの子・・・あの子に私の客何人取られたと思ってるの。あの子が来る前までは義美さんは私の事を。」

悔しがる美紀の手を、杏が優しく手を絡ませた。

「大丈夫よ。美紀があの子に負けるわけない。客はあの子を珍しがっているだけ。だから、きっと美紀の魅力にまたすぐ戻ってくる。」

杏は美紀の頬に手を当てて、優しく撫でる。

「杏・・・杏だけが私を分かってくれる。」

「そうよ。美紀・・・。」

そう言って、二人の影が重なった。


千秋はその帰り道、杏の言葉が頭の中で繰り返されていた。

「ニコニコもしないで、自分の顔が良いからって。少しは愛嬌がなくちゃやっていけないわよ。」

千秋は思っていた。自分の感情を殺してまで舞妓を続けるのか。

千秋の中には千秋なりの舞妓の道がある。

「格好よくて、自分に自信を持ってる千秋が私は好きだよ。」

前嬉しそうに微笑みながら話していた小梅の言葉を思い出し、心が温かくなっていく。

「小梅・・・。」

千秋は小梅に対する感情を知っていた。

大切に思えば思うほど、この感情を伝えられなかった。


ふと見上げると、雲ひとつない夜空に満月が綺麗に見えていた。

「紅一夜・・・なんのために殺人なんかを・・・。」

千秋が呟いた時、悲鳴が近くから聞こえた。

ここは確か江戸のお茶屋の端。

千秋の中に小梅の笑顔が浮かんだ。

「小梅!」

千秋は下駄をカタカタ言わせ、悲鳴の方へ走って行った。

角を曲がると小梅らしき女性が柳の下に倒れていた。

千秋が駆け寄り、小梅を抱き抱えた。

「小梅!」

「千秋・・・?」

小梅は力無さげに千秋の頬に触れ、笑みを浮かべた。

「今はしゃべらないで。すぐ助けを呼ぶから。」

「千秋・・夢みたい・・・。」

「絶対小梅は私が助けるから・・・。」

千秋はただ小梅の事を大事そうに抱き締めるしかなかった。



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