第2話

 ノブを握っていない左手でコンコン、と二回ノックをした後、恐る恐るノブをひねって引っ張ったが、ガツンという音がしたのみで、ビクともしない為に内心慌てたが、直ぐに押すタイプのドアなのだと気が付いた。


「すみません、失礼します」


 奇怪きかいな場所ではあるが、物申す際の礼儀は忘れない。ゆっくりとドアを押し込めば、ねっとりとした湿気しっけた香りが鼻を刺した。


 思わず顔をしかめてしまったが、ここまで来て後戻りする訳には行かず、意を決して中に入る。


 メルヘンなドアに似合わず、室内は至って普通の装飾であった。悪魔の城に取って食われる覚悟でここに来ていた少女は、見える普通の景色に拍子抜けしていた。


 応接室のようなやや広めの空間の中央に、三人掛け程度の黒い革製の高級で座りやすそうなソファが二脚、向かい合わせに置いてあり、はさまれるように高さの見合った透明な長テーブルが置いてあった。


 向かって右側に扉があるので、もう一つ部屋があるのであろう。誰もいる気配が無いのでそちらに行ってみるべきか、もう一度声を大きくして呼び掛けてみるべきか逡巡しゅんじゅんしていると、何処どこからか陽気な声が聞こえてきた。



紫園しおんさん、マジで人使い荒くないっスか!? ほんと突然思い付いたように要求してくるから、こっちの身にもなって欲しいっす!」


「まあまあキョウちゃん、いつもそんな事言いつつ律儀に多めに買ってあげるとこ嫌いじゃないぞ。優しいよねぇー」


「なななななっ! ちがっ、もう。止めてくださいよぉ」



 これは……後ろから? という事は、聞こえてくる声は、自身が今しがた入ってきたばかりの玄関口から聞こえてくる。



――――ど、どうしよう!?



 別に、不法侵入をしたわけでも何か悪いことをしようとしてるわけでは無いのだが、誰も居ない部屋に突然知らない人が立っていたら驚かれてしまうだろう。


 何処かに隠れるのもおかしいし、何も悪いことはしていませんというように堂々と立っていれば良いのだろうか……と迷ううちに、聞こえてくる会話の声がだんだんと大きくなってくる。


 とうとう目の前の扉まで来た……と、焦った少女は何故か、隠れきれるわけでもないのに頭を両手でおおっていた。



「全く、美花みはなさんは直ぐにそうやって僕をからか……え」


 少女と同じくまだ少し幼さの残る顔立ちの青年が、何故か両手で顔を覆っている少女を眼前にとらえて言葉を止めた。



 誰だお前!? などと言われると覚悟して身構えていた少女は、ドサリと何か重いものが落ちた音を聞いて構えを解き視線をそちらに向ける。


 すると、買い物袋と思われる物から色んな食品が飛び出していて、ああ、これを乱雑に床に落としたんだと理解した途端、それを落としたと思われる茶髪の青年がツカツカと彼女に向かって歩いてきた。


 殴られる!? もしくは不法侵入で訴えられる? と様々な考えを巡らせて顔を青ざめさせた少女の横をさらりと横切った青年は、高級な向かい合わせのソファをさらに越していき、部屋の一番奥にあった豪華なデスクの元へ一目散に向かう。



紫園しおんさん!? 何で耳にイヤホンぶちこんで居眠りぶっこいてるんすか!! お客さん来てますよ」


 どうやら一応不審者扱いはされていなかったようで、デスクの奥にあるフカフカな一人掛けのイスがくるりと回転すると、色気を伴う大人の女性が姿を現した。


 もしや……もしかしなくても、最初からこの場に居たらしい女性は、初対面の彼女からしてもやる気の無さそうな女であった。



「あ゛ぁ!? うっせぇなキョン! ウチの眠りを勝手にさまたげんな……と、あら? いらっしゃいませー! 何でも屋『日本晴れ』へようこそー!」



 片耳から差し込んでいたイヤホンを抜き取るや否や、明らかに機嫌の悪そうな野太い声で、無理矢理に起こしてきた青年に向かってキレていたが……視線の先に依頼人と見受けた少女が居た為、急に別人のように声質を高く変えコロッと態度を逆転させると、笑顔で声をかけてきた。

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