何でも屋の裏稼業!

ぺるも

一話 消えた人間の謎

第1話

 ――とうとう、来てしまった。



 とあるビルの目の前で立ち止まった少女。まだあどけなさが残るその幼い顔立ちと、えりに三本線の付いたセーラー服を纏っている所から察するに、中学生の女の子であろう。



 彼女がこの建物の前で、ひとつふたつと深呼吸を重ねて心を落ち着かせているのには理由がある。

 ――とても緊張しているのだ。


 その緊張の元となる種は、この建物の二階に存在する部屋にある。見上げた先にある二階横に付いている、今にももげて落っこちてしまいそうな古めかしい看板にはこう書いてある。



「何でも屋『日本晴れ』か。こんなに怪しい建物なのに、日本晴れとか……似合わなさすぎ」


 店の者を罵倒ばとうするかのようなこの台詞せりふは、緊張している自分を鼓舞する為なのかもしれない。


 また一つ深呼吸をし、切り揃えられた黒のボブヘアーを手櫛てぐしで整えながら、建物横に伸びている老朽化した階段をのぼっていく。



 木製で出来た年代を感じる階段のせいか、一段踏みしめる度にギシ、ミシ……と、不安をあおるようなきしんだ音が響く。


 この建物の一階も、目的の場所の二階の上にある三階も使われていないのか物音一つなく、まもなく午後五時を回って暗くなる時間なのに電気も点いていない。


 一段ずつ上がる度に不気味さは増していき、暖かい春の気候なのにここだけは他よりかなり気温が下がっているように感じる。半袖から覗く両腕から異様に寒気をおぼえて、近頃は暖かくはなってきたものの、パーカーなりカーディガンなり羽織って来れば良かったと、彼女は酷く後悔していた。


 でも、せっかくここまで来た以上は引き返すのも気が引ける。もはや、今引き返そうものならもう二度とこの建物に近付く勇気は沸かないであろう。



 『日本晴れ』の玄関口は、他よりは新しく作られているのか、メルヘン調の全面淡いピンク色のペンキで塗りたくられた上に、可愛らしい色とりどりの造花ぞうかが散りばめられていた。

 おそらく、この店の主人の趣味なのであろう。きっとゴスロリやらファンシーな感じの物が好きな人なのだろうか……。


 お陰で、感じていた緊張と寒気が少し和らいだ所で、少女はここに来るにいたるまでの事を思い出していた。



――――――――……



「何でも屋?」


「うん、正確には何でも屋にある『裏稼業』をしてる人がいるんだけど……」



 彼女の親友である小夜子さよこが、あまり信じていない様子の彼女に熱弁ねつべんしていた。


「なんでも、幽霊とか妖怪とか? 見えない何かで困ってる人の相談を受けてくれるんだって」


 なんだそれは……。そもそも、幽霊が見える人がいるようだが、見えない自分からしたらその事ですら胡散臭いとしか思えないのに、相談を受けるような人が居るだなんて。


 しかし、今は背に腹を変えられない状況でもある彼女は、わらにもすがる思いで小夜子の話に聞き入っていた。


「でも、お店に行くって言っても学生だからお金なんて持ってないし……お母さんにお小遣いなんてお願いできないよ。依頼いらいも依頼だし、凄く高いお金を求められそうじゃない?」


「うーん、それについては平気だと思うよ」


「え?」


 いやに自信満々といった様子の小夜子に疑問符を浮かべていると、ニンマリと笑みを浮かべた小夜子がその答えを続けた。


「勿論お金でってなると高額らしいんだけど、お金じゃない物を渡しても受けてくれるって話だよ」


「お金じゃない物って?」


「それは……」


 分かんなーい……と、これまたキッパリと言いきられてしまい、ズコッという効果音が一番似合うような動きで少女は首を項垂うなだれたのだった。




――――――――……



 どうやら情報をくれた小夜子も、他のクラスの情報通の友達から又聞またぎきしただけのようで、それ以上詳しい話は分からないという。


 そもそも、人生のうちでそんな事象でお世話になることなんて一度あるかないかだろう。いや、少女の場合は既に今、ここを訪ねねばならぬ程に切羽せっぱ詰まった状況なのである。


 ……一体、お金以外の何を差し出せば良いのだろうか? 取りあえず話だけして、胡散臭かったり危なすぎる話だったら止めれば良い。


 そう自分に言い聞かせながら、少女はここだけ異世界チックな扉のノブに手を掛けたのだった。

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