第33話 オレがソレを認めてあげる。
アスモちゃんは俺の指をじっと見つめたまま動かない。
サキュバスに咥えられた俺の指をじっと見つめているのだが、どうしてその指だという事がわかったのか謎だった。見ただけではわからないと思うのだけど、アスモちゃんには俺に見えない何かが見えているという事なのだろうか?
「何だか、雌の匂いがするなって思ってたんだけど、それってやっぱり“まーくん”が原因だったんだね。“まーくん”のその指からとってもいやらしい雌の匂いがしてるんだけど、何とも思ってないって事なのかな?」
「何ともというと、どういう意味なのかな?」
「自分では雌の匂いを感じていないって事なんだけど、“まーくん”はやっぱり気付いてなかったって事なんだよね?」
「正直に言って、さっき思い出すまですっかり忘れてたよ。覚えてたらすぐに手を洗ってたと思うんだけど、鍵が開いていたこの部屋にあのサキュバス以外にも侵入者がいたんじゃないかと思うと、怖くてベッドから出ることが出来なかったんだよ。あのサキュバスはベッドの上にいる間は何もしないって言ってたから、怖くておりられなかったんだ」
「オレもずっと寝ちゃってたから“まーくん”に怖い思いをさせてしまったんだ。それは申し訳ないと思うけど、何もしないって言いつつも“まーくん”の指を舐められちゃってるよね。それって、二度とそんな事が起きないように何とかしないといけないって事じゃないかな。今から“まーくん”にそんな臭い雌の匂いを付けたサキュバスを探しに行ってもいいよ。なんだったら、その辺にいるサキュバスを皆殺しにしたっていいんじゃないかって思ってるし、オレだけじゃ無理そうだったら帝国の威信にかけて全勢力を注ぎ込んだっていいんじゃないかな。それだけでも足りないんだとしたら、サキュバスを討伐する部隊を呼んでもいいと思うよ。その時だけは、帝国も名も無き神の軍勢も同じ目的になるから争う事も無いと思うしね」
「そこまで大事にしなくてもいいんじゃないかな。俺に出来ることは何も無かったかもしれないけど、ベッドの上にいる間は何もされないって言われたから」
「何もされないって、実際に“まーくん”は指を舐められてるでしょ。それって、他のサキュバスに対する牽制になるんだよ。犬が散歩中に行うマーキングみたいなものなんだけど、それは他のサキュバス達が上書きしてしまう可能性もあるみたいだよ」
「よくわからないけど、次からはしっかりと戸締りをしておこうね」
俺は何とか強引に話を切り上げ、今日の予定をしっかりと確認しておくことにした。
砂嵐がおさまっていれば今すぐにでもイザーちゃんに会いに行ってオレがここに来た理由を確かめたいところではあるのだが、どう見積もってもあの砂嵐が今日中におさまる様子は見られなかった。それどころか、昨日よりも発生している竜巻の数が多いように感じている。
あの砂嵐の中を進む勇敢な商人は何人かいたのだが、全員が酸素ボンベのようなものを身につけているのが目に入っていた。
車で行っても無数の竜巻が発生している砂嵐の中を真っすぐに進むのは難しそうだ。それなのに、あの悪天候としか言いようのない世界を歩いて渡ろうとしている彼らに対して俺は心の中で敬礼をしていた。真似をしたいかと言われると、イザーちゃんに会いたい気持ちは誰よりも強いのだけど、生身である俺とアスモちゃんではあの中を無事にわたりきることは難しいだろう。その結果、俺はどうしたらいいのか思い悩んだのだ。
「天気予報の話になるけど、あの砂嵐は来年の春まで続くかもしれないんだって。“まーくん”が探しているイザーちゃんが天候を操っているって話だし、何かあの砂嵐を起こさないといけない理由とかあったりするのかもしれないよ」
「それって良くないことだよね。それなら、今すぐにでも装備を整えてあの砂嵐の中を進まないとまずいんじゃない?」
「今すぐに行く必要は無いと思うよ。イザーちゃんは仮にも八姫の一人であるし、その辺にいる争いごとを好むような輩に対しても負けたりなんかはしないんじゃないかな。例えば、不意打ちをくらって体に物凄い深刻なダメージがあったとしても、オレと一緒で、寝てしまえばどうとでもなるみたいだよ。この辺に住んでいる怪物も大した種類はいないんだけど、今の“まーくん”だったら負ける可能性もあるんじゃないかな。でも、負けそうだからって自爆攻撃なんてしちゃダメだからね。たった一度しか使えないその力を発揮するのはそんなタイミングじゃないって事だけは覚えておいてね」
覚えるも何も、俺に備わっている特別な力が自分の命を賭して行うギャンブルだとしか思えない。
たった一度しか勝負をすることが出来ない俺の自爆攻撃がどれくらいの威力なのか見て見たい。見ておきたい気持ちはあるのだけれど、きっとそれを確認する事も出来ないのだろうな。
俺が自爆した時の映像を俺が確認する方法なんて無いだろう。そう思うと、何だか少し悲しくなってしまったが、本当に俺の特別な能力が自爆攻撃だなんて信じていいのだろうか?
「俺の攻撃方法って自爆攻撃しかないってことになるのかな?」
「攻撃方法って意味だったら、その辺にある物を投げつけたり、何も使わずに素手で攻撃するのはありなんじゃないかな。オレがソレを認めてあげる。それだけの話だよ」
「なるべくなら自爆攻撃をしないようにしたいんだけど、もしもの時は許してね」
「許すも許さないもないよ。“まーくん”が決めたことは誰一人として異論を唱えたりなんてしないさ。オレたちは“まーくん”の味方なんだからね」
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