第32話 オレが寝ている間に変な事したの?

 いつの間にかちゃんと眠ることが出来ていた俺は身動きが取れなくなっていた。

 その原因は、アスモちゃんが俺のお腹の上に座っていたからだった。どうして俺の上にアスモちゃんが乗っているのかわからないが、アスモちゃんは特別力を入れているようにも見えないのに俺は体を動かすことが出来なかった。

 指先や瞼は辛うじて動いてはいるのだけれど、それは俺の意志とは無関係に動いていた。


「“まーくん”の体から雌の匂いがしてるんだけど、それってどういう事なのかな?」


 雌の匂いがしていると言われても、俺はエッチなサキュバスのお姉さんと話をしていただけでしかないから匂いがうつるとは思えない。どちらかというと、一緒に寝ていたアスモちゃんの匂いがうつったのではないかと思うのだけれど、アスモちゃんはそれを認めはしないだろう。

 しかし、俺は声を出すことが出来ないので反論する事も出来なかった。


「オレが寝ている間に何かイヤらしい事とかしに行ってないよね?」


 アスモちゃんの言葉を否定しようにも声も出せず体も動かすことが出来ない状況なので反応を返すことが出来ない。

 真っすぐに見つめることでわかってもらえるかと思っていたのだけれど、俺が見つめるとアスモちゃんはそっと目を逸らしてしまった。目を逸らされてしまっては俺の思いを伝えることは出来ないのだが、それほどアスモちゃんは怒っているという事なのだろう。

 その怒りは全く持って理不尽なモノだと思うのだが、今の俺にはそれを伝える手段が無いというのがもどかしい。

 どうにかして真実を伝えたいのだが、どうすればいいのか正解がわからなくて困ってしまう。


 それにしても、体が小さいからなのか俺の上に乗っているアスモちゃんの重さをほとんど感じなかった。

 ほんのりとした温かさは感じているのだけれど、重いという感じは一切ないのだ。

 それなのにもかかわらず、俺は指先すら動かすことが出来ない。完全に体を押さえつけられている状態になっているのだが、アスモちゃんは俺のお腹の上に座っているだけなのでどうやって押さえつけているのかはわからない。

 何か不思議な力で押さえつけられているのかもしれないが、不思議と不快な感触はなかった。

 相変わらずアスモちゃんは俺から目を逸らしたままなのだが、ちょっとだけ横目で見てくる顔がいつもより幼さを感じさせていた。


「オレが寝ている間に変な事したの?」


 答えることが出来ない俺はその問いかけを必死に否定しようとしているのだが、その思いがちゃんと伝わったようでホッと胸をなでおろした。

 だが、ちゃんと伝わっているはずなのにアスモちゃんは俺のおでこをピシッと叩いて怒っているように見えた。


「オレは一度寝ちゃうと完全に回復するまで目が覚めないんだよ。だから、オレが寝ている時は無防備になっちゃうんだよね。そんな時は何をされても抵抗なんて出来ないから寝る場所はいつも決まってるんだけど、今は“まーくん”が一緒だから大丈夫だって安心してたんだよ。それなのに、“まーくん”はオレを置いてどこかで雌と遊んでたってことだもんね。誰かもわからないような雌と遊ぶよりも、オレの近くにずっといてほしかったな。それはちょっと残念だよ」


 俺は言葉にならない叫びを続けていたのだけれど、俺の言葉は何一つとしてアスモちゃんに届きはしなかった。

 言葉が出ないだけではなく呼吸も出来ていないような気がするのだが、そんなに苦しくないというのは不思議な感覚だった。

 体も動かすことが出来ず呼吸も出来ていないのに苦しいという思いは一切なかった。むしろ、いつもよりも体が軽くなっているように感じていた。


「あ、ごめん。その状態だと何も出来なかったよね。すぐに戻すからちょっと待ってて」


 アスモちゃんは謎の発光体を俺の体に乗せていた。それをゆっくりと俺の体に押し込むように体重をかける。何をしているのかさっぱりわからないが、その発光体が俺の体に徐々に浸透していくと、少しずつ体の感覚が戻って行った。

 アスモちゃんの体温だけではなく重さも感じるようになっていき、瞼も指も動かせるようになっていた。

 しばらくすると、顔も動かせるようになっており、俺は昨日の夜にあった出来事を話せるようになっていた。

 言いたいことが言えるのがこんなに大切な事なのかと実感させられる出来事だったが、どうやら俺はその勢いで言わなくてもいいようなことまで行ってしまったようだ。



「“まーくん”がサキュバスに何もされなかったのは良かったけど、これからはオレが寝る時には対策をしっかり立てないとダメだね。昨夜のサキュバスは引き際を心得ていたからよかったんだけど、普通のサキュバスだったら“まーくん”は今頃あっちの世界でおかしくなってたかもしれないからな。そうなってたら、八姫とか名も無き神の軍勢とかどうでも良くなってたかもしれないんだよ。実際にどうなってもいいとは思うんだけど、面倒なことに巻き込まれるのだけは勘弁してね」


 しっかりと戸締りをしていなかったのは悪いと思うのだが、それはアスモちゃんにも言えることだと思う。

 俺はこの部屋がオートロックだと勝手に思い込んでいたのが原因なのだ。

 日本とよく似ている文明レベルのこの街がオートロックではなく手動で鍵をかけなくてはいけないなんて思ってもみなかった。

 ただの言い訳にしか過ぎないが、戸締りをしていないからと言って、勝手に入ってくるのもどうかと思う。


「鍵さえしておけばあいつらは勝手に入ってこれないからね。ベランダもテラスも鍵はないけど、そっちが正式な入口じゃないから入ってくることはないだよ。本当に何もなくてよかったよ」


「指を咥えられただけで済んで良かったよ」


 どうやら俺はまた余計なことを言ってしまったようだ。

 アスモちゃんは俺の指をじっと見つめ、何かを考えているようだった。


 何を考えているかはわからないが、ベッドから出るのが怖くなったからと言ってそのままにせず、ちゃんと手を洗っておけばよかったと心から後悔していた。

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