第34話 絶望的に相性が悪いって話なんだよ。

 自爆する事しか攻撃方法が無いと思っていた俺はその考えを改めることにした。

 アスモちゃんが言っていた通りで、俺には立派に動く体があるのだからソレを活かして戦うことだって出来るのだ。

 砂嵐がおさまるまでの期間限定ではあるが、アスモちゃんに戦い方の指南を付けてもらう事になった。一応手加減はしてくれるという事だが、あまり甘えたことは言わずに役に立てるようにしてもらう事を優先していただくことにしよう。


「オレはもっとゆっくりでもいいと思うんだけど、“まーくん”がそう言うんだったら遠慮なんてしないよ。どちらかと言えば、オレもその方が教えやすいと思うし、“まーくん”のためにもなると思うんだよね。この世界にはオレなんかよりも強い人が二人くらいいるはずだし、そいつらに殺されない程度には強くなってくれたら嬉しいな。もちろん、“まーくん”が強くなってくれれば八姫との交渉も楽になると思うし、メリットは多いよね」

「アスモちゃんより強い人が二人もいるってのは信じがたいけど、そんなに強い人がいるって事なんだね」

「普通に戦えばオレは誰にも負けたりはしないと思うんだけど、あの二人とは相性が死ぬほど悪いんだよ。オレがどんな攻撃をしたとしてもあいつらはそれをサラリと受け流すし、あいつらの攻撃はどんなに緩くてもなぜかオレにクリーンヒットしちゃうんだよ。それくらいな」

「そんな二人に会わないように気を付けないといけないね。何か気を付けておいた方が良いことってあるのかな?」


「特にはないかな。普通にしてたら絶対に会う事は無いからね。オレとの相性の悪さで名も無き神の軍勢に味方されたらたまったもんじゃないって事で、皇帝の権力を使ってあの二人は月まで続く階段を作るという刑をくらってるからね。今頃どこかの山に登って天に届く階段を作ってるんじゃないかな。それが完成するまではそれ以外の事に関わることが出来ないんだよ」

「それってすごく大変そうだね。いつくらいに完成する予定なのかな?」


「一生完成しないと思うよ。だって、どんなに高い階段を作ったところで、月まで届かせることは不可能だし、途中で名も無き神の軍勢の邪魔も入っちゃうからね。あいつらって、天に届く何かを作ることを極端に嫌っているからね。名も無き神が住まう聖なる領域を侵犯するのは重罪らしいんだ。つまり、あの二人がオレの前に出てくることは一生無いってことになるのかな」

「それなら会う心配もないかもね」


 皇帝カムショットはただのお飾りなのかと思うところもあったのだけど、アスモちゃんたちの事を考えているんだなと思った。

 アスモちゃんよりも強い二人がどんな人なのか興味はあったけれど、あまり深く関わらない方がよさそうな気がしたのでこれ以上は何も聞かないことにした。強さよりも相性が大事だというのも意外なのだが、アスモちゃんが勝てない相手というのはどれくらい凄い能力なのか想像もつかない。


 とにかく、そんな余計なことは一旦置いておいて、砂嵐がおさまるまでの期間は俺も役に立てるように修行に精を出さなくてはいけないな。


「じゃあ、“まーくん”がどれくらい出来るのか判断するためにも、最初から本気で動いてみるね。少しずつ力を抑えていくんで、どの段階で行けそうか教えてね。まずは、オレの本気がどんなもんか体験してみようね」


 ゆらりと動いたと思ったアスモちゃんの体が瞬きをする間もなく目の前から消えていた。

 どこに行ったのだろうと思うよりも早く、俺は自分の背後から物凄い圧を感じていた。

 何もしていないのに殺されてしまう。いや、殺されていた。

 

 俺の脳が感じたのは全て過去の出来事のように思えた。

 見る事も出来ず、感じる事も出来ず、気付いた時には全て過去のものになっていた。


 もしも、アスモちゃんが本気で俺を殺しに来ていたのだとしたら、俺は死んだことすら気付いてはいなかっただろう。

 俺は何一つとして認識することが出来なかった。


 アスモちゃんが目の前から消えていた事にも気付かなかったし、後ろから誰かに殺気を向けられている事にも気付かなかった。

 誰かに話しかけられたことにも気付かなかったし、当然そんな状況なので後ろを向くことも出来なかった。

 ただ一つ、俺は何も出来ないという事を理解することだけは出来ていた。


「最初から反応されたらいやだなって思ったんだけど、どうだったかな?」


 アスモちゃんの声はいつも通り優しく殺気も全く感じられないのだが、先ほどの余韻が今頃になって俺の体に襲い掛かってきてしまい、アスモちゃんの声に反応することが出来なかった。

 今は殺されるなんて心配は一つもないはずなのに、俺の体は無意識のうちにアスモちゃんに対する絶対的な恐怖を感じ取っていた。顔を見てもアスモちゃんはいつも通りの可愛らしい笑顔を浮かべているのだが、俺の体はアスモちゃんの顔を見ることを拒絶するかのように視線を定めることが出来なくなっていた。

 何も無いと言い切っても問題ないこの状況であっても、先ほど感じた恐怖がゆっくりと俺の全身を包み込んでいくのがわかり、俺の脳もアスモちゃんに殺されてしまうという恐怖を徐々に感じ始めていた。


「その感じじゃちょっと無理そうだから、何かいい練習相手を見つけてこようかな。それまではゆっくりしてていいからね。“まーくん”が落ち着くころには戻ってくるからね」


 俺はアスモちゃんと一旦別れて自分たちが泊まっている部屋に戻ることにした。

 当然のように鍵をしっかりとかけて何も入ってこないようにしたのだが、今になって全身の毛穴から一気に汗が噴き出して全身を悪寒が駆け巡っていた。

 眠くはないのだけれど、俺はそのままベッドに横になってアスモちゃんの帰りを待つことにした。

 寒くはないけど震えが止まらず、落ち着こうとしたのだが、今の俺にはどうする事も出来なかった。

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