第2話 宣戦布告ふたたび
こんな立派なホテルに無料同然で泊まれるなんて。
「じゃあ、お疲れ様でした。明日は水泳大会があるのでよろしくお願いしますね」
海に着いた時にボランティアの内容を説明してくれた熊みたいなおじさんが、ニコニコしながら頭を下げた。【観光協会】と背中に書かれた青い法被は、どう見ても田舎の町おこし委員会の人だ。
というか、エプロンといい、どうしてデザインに無頓着なんだろう!!着たけど!!
日が沈んで閑散としたビーチを後にした私達は、そこから徒歩5分という海がよく見えるホテルにいる。そんなに大きくないながらも、掃除が行き届いたちょっとアンティークっぽい内装のロビーは旅行経験が少ない私からすれば別世界。
おじさんと話を終えた鮎川先輩は、その背中を見送りながら「疲れたぁ」と呟いた。
「ね、あけびちゃん。水泳大会、僕らも参加していいんだって」
完全に場慣れしていない感丸出しで辺りを見回している私の肩をつついた真澄君が、可愛らしく首を傾ける。
「え、そうなんだ。出るの?真澄君」
「いやだな、何が楽しくて100mも泳がなきゃならないのさ。出る奴の神経疑っちゃうよ。あけびちゃんは出るんでしょ?」
文脈がおかしいような気が!!
「い、やぁ。私もちょっと、」
「こけし、お前意外とアウトドア派か」
え。
曖昧に笑いながら横に振りかけた頭をガシリと掴まれ、そのまま揺らされる。しかしながら本人はこれで撫でてるつもりなんだから、私は近い将来平衡感覚がどうにかなっちゃう気がしてならない。
「た、保君。私はね、」
ゆらゆら揺れてイマイチ定まってくれない焦点に酔いかけながらも口を開きかける、が。
「へぇ、あけび出るのか!すごいなぁ!」
え、いや、ですからね、私は、
「まあ、人手は足りてるみたいだし、いいんじゃなぁい?あたしは応援するよ」
あのですね、その、
「かっこいいじゃねぇか、姫さん」
ああ……、
「で、ます。はい。泳ぎます」
私は金色の花の模様が見事な天井の片隅を仰ぎ見ながら、とうとうポツリと呟いた。別に涙が溢れないように上を向いているわけじゃないよ。うん。
「今のお話、聞きましたわよ!」
気の強そうな美声とその口調、そして露骨に顔を歪めた鮎川先輩と苦笑した深見先輩の様子から、振り返るまでもなく発言者が誰なのか分かった。
艶のある豊かな髪をポニーテールにした豊条さんは、淡いピンクのリゾートワンピ姿でなんというか、その、踏ん反り返っていた。
すっかり忘れてた、と隣の真澄君が長いまつ毛を上下させる。
「白蓮のうるさい人も参加してたんだっけ」
「うるさい人って誰のことかしら!?チチナシ娘!」
チチナシ!!?
そ、そういえば豊条さんは真澄君のことを女の子だと思っているんだっけ。
「言われてんぞ真澄。痛いとこつくんじゃねぇって返してやれよ」
「うっさい」
楽しげに肩をすくめた保君を真澄君が横目で睨みつけた。
「米子、周りのお客さんにご迷惑ですよ」
やっぱり彼女がいるところには彼もいるんですね。豊条さんをやんわりと注意してから、こちらに礼儀正しく頭を下げたのは、白蓮高校ボランティア部の副部長である伊月さん。
「何ぃ、あんたらも同じホテル?」
うえっ、という感情を隠すことなく尋ねた鮎川先輩に伊月さんが愛想笑いを浮かべた。
「いえ、隣です。米子がどうしても東高の皆さんに挨拶したいと言うもので。俺はただの付き添いですよ」
「そうですわ!ご機嫌麗しゅう深見様!少しお焼けになりましたの?素敵です!」
「ご、ご機嫌麗しゅう?あー、お前さんは相変わらず白いな」
豊条さんは「まあ!!」と上気した頬に手を当て、ふらりと後退る。
「深見にしか挨拶してないじゃん。ま、いいけどぉ」
呆れ気味に息を吐いた鮎川先輩は「じゃ、用は済んだだろうから部屋行くよぉ」とカードキーを軽く振る。
「部屋割りどうなってるんだろうな。一緒だと良いな、あけび」
「えっ」
「大丈夫?頭の病院行った方がいいよ、稜汰」
爽やかな笑顔で小首を傾げて私を見下ろす稜汰君に思わず飛び上がりかけたけど、真澄君が間髪入れずにツッコミを入れた。
「嫌だなー、冗談に決まってんだろ。はは」
じょ、冗談。そそそそうだよね。私の免疫の問題だよね。
「ちょっと!!話はまだ終わってなくてよ!」
眼光鋭く私達を指差した豊条さんは「人を指差すのは失礼ですよ」という伊月さんのお咎めを聞き流し、鼻息荒く腰に手を当てた。
「ジャージさん!あなた明日の水泳大会出場なさるんでしょう?私がお相手してさしあげるわ!」
一瞬、彼女の言葉の意味が本当に分からなかった。
あけびより。2 春 @harukaze_haru
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