海+青春→恋!?
お姫様の逆鱗
第1話 真夏のボランティア、スタート!
8月某日夏休み。
ジリジリ照りつける太陽。青い空。白い雲。日を浴びて輝く海。賑わうビーチ。
……そして。
「は?何で僕があんたらと一緒にかき氷食べなきゃならないのさ。暑さで頭やられてるなら、かき氷に顔でも突っ込めば?」
不機嫌そうに毒を吐く、美少年。ゆるくハーフアップにしたふわふわの髪は、太陽のような色だ。
デレデレと鼻の下を伸ばして話しかけてきた、私が一生のうち一度たりとも会話することはないであろうイケイケのお兄さん達は、予想外すぎる反撃に硬直していた。
こんがり茶色の肌のお2人は健康そうで好印象。だけど、多くのピアスと痛んだ金髪が怖すぎるので、なるべく見ないようにする。
ダサいから嫌、と真澄君が放棄した青い【海の家】と達筆でプリントされたエプロンをつけ、プラカード(これには焼きそばの文字)を握り締める私はと言えば。
確実に日射病や熱中症とは異なる理由で目眩に襲われ中だ。
「い、いやぁ、おねーさん。なかなか言うね。でもさ、俺らに下心なんてねーのよ?」
「そ、そうそう。暑いから冷たいモンでもどうかなーっていう、厚意、みたいな?」
美少女(本当は美少年だけども)から飛んできた辛辣な言葉によるダメージから立ち直った彼らがヘラヘラと笑う。めげないしょげない。
真澄君は面倒くさそうに眉をひそめたものの、「それなら」と考えるように顎に手を当てた。そんな仕草も魅力的で、2人はだらしなく緩んだ顔を見合わせる。
お兄さん!その人、男の子ですよ!
「呼び込みも飽きてきたし、奢ってもらおっかなぁ」
2人の表情がパッと輝く。
なんだか、気の毒になってきた。
「じゃあさじゃあさ、早く行こうぜ!」
肩に嬉々として回された腕をチラリと見た真澄君は、それをさりげなく払い除ける。
「おねーさん、後で連絡先教えてよ!」
「今ちょっとスマホ手元にないから。番号口頭で言うね。080……」
「え、ちょ、マジ!?待ってよ今登録すっからさ!」
スラスラ諳んじられる電話番号をお兄さん2人が嬉しそうながらも慌ててスマホを取り出して打ち込む。
……ま、真澄君。気のせいかな。それ、保君の番号だよね?
「ありがとねー!んじゃ、行こうか!」
ほくほくとスマホをしまったお兄さんが懲りずに真澄君の肩を抱く。やっぱりそれを払い落とした真澄君は可愛らしく首を傾けた。
「ねぇ、オプションの練乳かけてもいい?」
「いいよ!好きなモン頼みなよ!」
「わぁ、ありがと。だってさ。良かったね、あけびちゃん。練乳好きだもんね」
えっ。
突然くるりと振り返った真澄君に、数歩程後ろで傍観者と化していた私は肩を跳ね上げる。お兄さん達も同様に目を瞬いた。
「え?何?お友達?」
「まぁ、そんなとこ。あの子もいいでしょ?」
2人とも揃って私を頭のてっぺんから爪先まで値踏みするように見てから、「友達思いだね、おねーさん」と頷く。どういう意味ですか。いや、わかるけど。
「じゃ、まあ、キミも行こ。奢るからさ」
「や、私はその、仕事が、」
後ろの木造の海の家を指差せば、その手をギュッと握られた。ひえおおえええ!!!
「他の奴に代わってもらいなよー」
ちょ、手っ、はなっ、手ぇぇえええ!
「やっぱ行くのやーめた」
……え?
何でもないように発せられた真澄君のセリフに「へ?」と情けない声を出したのは私じゃないです。
だけど顔面蒼白である(しつこいけど熱中症ではない)私と私の手を掴むお兄さんも、真澄君の心変わりについていけず。
さくさくと砂を踏んでこちらに歩み寄った真澄君は、なんと「よいしょ」とお兄さんの手首に手刀を落とした。可愛らしい顔と可愛らしい声と可愛らしい動作だったけど、どうやら力加減は可愛らしくなかったらしい。
「いってぇっ!」
呻き声と共に私の手は解放された。
「馴れ馴れしく僕の王子に触らないでよ」
……お、王子って、やっぱり、私?
にっこり。お兄さん達が初めて見ることができた真澄君の笑顔が、私の方へと向けられた。
「さ、行こ。そろそろ交代だもんね。だから今はかき氷我慢できる?よだれ垂らさず待つんだよ。いい子にしてたら僕が後で奢ってあげるからね」
えっ、なんか私すごいかき氷食べたかった人みたいになってる!?
私の手を引いて海の家へ戻ろうとする真澄君の腕を呆気にとられていた2人のうちの1人が素早く捉えた。私の手を真澄君が掴み、さらに真澄君の手をお兄さんが握る。
「待てよ!そりゃないんじゃねぇの!?」
「はぁ、暑苦しいなぁ。何?不快にさせたのはそっちじゃん」
ま、ままま真澄君!火に油を注がない方が……!
私の不安なんかよそに心底不愉快そうな真澄君が「てかさ」と溜め息を吐いた。
「そもそも【おねーさん】じゃなくて【おにーさん】なんだけど、僕」
……カ、カミングアウトのタイミング!
「え?」
「は?」
今こそ2人の情報処理能力が問われる時だと思う。だって、可愛いと思っていた美少女が実は美少年で、彼らは結果的に男の子をナンパしていたのだ。私なら寝込む。
凍りついているお兄さんの手を振りほどいた真澄君は「勝手に勘違いして勝手にショック受けてるんだから、間抜けだよね」と他人事みたいに呟いた。
「……ふ、ふざけんな。変態かよ」
ポツリと溢されたその言葉。
真澄君の額に青筋が立った。
「誰が何だって!?いつ僕がそんな言動を!?お前らの見る目が無いだけだ!この単細胞生物!」
「ま、真澄君!」
羽織っているパーカーを脱いで自身の胸を公開しだしそうな真澄君を慌てて止める。お兄さんが動揺しつつも眉根を寄せた。
「な、なんだよ。女同士みてぇなカップルだな。気持ちワリィ」
なっ!!そういう偏見は多くの人に失礼ですよ!
というか、カカカカカップルなんかじゃない!!
ム、と口を引き結んだ私を、真澄君が無表情で見下ろした。
「……あけびちゃん。ちょっと離してくれるよね?」
ひ、ひいっ。
切実に離したいけど、ここで離したら危ない気がしてならない。でも怖い。
彼のパーカーの裾を掴む手が震えてるんだけども。誰か助けて。
「あれ、何か揉め事?」
あっ。
後ろから届いたのんびりとした声に勢いよく振り返る。ちなみに真澄君はピクリとも動かない。もう怖すぎる。
「稜汰君、薫君、た、保君」
「あ?おいこけし、なんで俺ん時だけ声が小せえんだよ」
「ごごごごめんなさい。そんなつもりでは」
だって、でも、保君がお兄さん達と近くに立ったら絵面が!!
【海の家】と小さくプリントされた(少なくともエプロンよりはずっとマシな)黒いTシャツ姿の3人は私達の様子を見て、なんとなく状況を把握したみたいだ。
ちょっぴり長めの襟足を後ろで括った保君が気だるげに近寄ってくる。
「つーか暑いんだからよ、被れっつったろ。言うこと聞けや」
「わっ」
たぶん加減はしてくれたんだろうけど、それなりに強い力で麦わら帽子を頭に乗せられた。というか、押し込まれた。稜汰君が楽しそうに私の顔を覗き込み、帽子の上からポンポンと軽く頭を撫でる。
「あけび、似合ってるぜ!カカシみたいだ」
そんな褒められ方したのは生まれて初めてだ。
全く嬉しくない。
「そろそろ交代だぞ。何やってるんだ……何か用ですか」
私と真澄君を見下ろした薫君は次にお兄さん達に目を移し、小首を傾げた。
で、でけえ……と薫君を見上げて1歩引いた彼らは顔を見合わせて何やらアイコンタクト。
「お、俺らはそいつに騙されただけだ!行こうぜ」
「こんな気持ちわりー奴とチビなんて願い下げだよな」
なんとも酷く失礼な捨てゼリフを吐いた2人は私達に背を向けて肩を怒らせながら歩き出す。
「……次は俺らが呼び込みだよな」と呟き、私の手からプラカードを奪って彼らの後に続く保君。
え、ちょ。
それをしばらく見送っていた稜汰君は、保君達を見失う前に振り返った。悪戯っぽく片目を瞑る。
「あー、保が問題起こさないように俺も行ってくるわ。薫はここに残って次の仕事の説明と呼び込みやっててくれるか?」
頷いた薫君に「Grazie」と笑いかけた稜汰君は、小走りで追いかけて行った。その際、熱い視線を「あの人かっこいい」と送ってくる女の子達に手を振るのを忘れずに。
「あーあ。まぁったく、失礼しちゃうよね。不細工の分際でさ」
ね、と同意を求めるように私を見た真澄君に曖昧な笑みを返す。その質問は下手をすると自分にも降りかかるので、迂闊に頷けない。
「まずは深見先輩達の所へ行け。手が足りないらしいからな」
お客さんの入りが微妙な海の家を薫君が視線で指し示す。私と真澄君は、大人しく従うことにした。
なお、保君達が先程のお兄さん2人を連れて来て、半泣き状態になるまで焼きそばを買わせて食べさせ続けることになるまで残り10分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます