第31話 審議の日に祝福を

 当日の朝を迎える——……。


 イレーナたっての希望で

 私達はイスキレオ機関内部にある

 私の自室へと来ていた。

 

 簡易的なベットと両開きの窓があるくらいの殺風景なこの場所に、さほど思い入れもなく、司令官が呼びに来る時をここで待つ。

 

 なんてないこの部屋をイレーナは

 花でも愛でるようにぐるりと見てまわる。

 


「ここがアイオのお部屋……。思った通り何にもないね」

 

 笑って話すイレーナの顔色は

 ここ数日で一番血色が良い。

 今日が何の日であるかと言うことも

 理解しているはずのイレーナは

 何事も無いようにこの時を過ごしていた。



 追われることなくずっとこんな時間が続けば……

 私の中に芽生える淡い願いが

 きっと叶うことはないけれど……

 今ここにに生まれたささやかな希望が

 私をまた腑抜けにさせていく。

 

 

 

 …………——?

 扉をノックする音がした。

 まだ司令官が来る時間ではない。

 私にわざわざ訪ねてくる人間なんて

 此処には居ないはずだけれど……。

 

 そのノックにこちらから反応はせず

 扉の向こう側に意識を向けると

 人の気配は一切感じない——。


 その代わり、覚えのある匂いがして

 そこに誰が立っているのか

 おおよその察しがついた。


 こちらの返事を待たないままに

 開けられた扉には仮面を外したニカとミカが立っていた……。

 

 この二人に会うのはあれ以来。のはず。

 いつだって私の記憶は頼りにならない。


 恐らくミカの姿なんて初めて見る。はず。

 彼女は仁王立ちに片手を腰に手を当ていて

 全体的にちょっと……子供っぽい。


 茶色の髪を二つに分けて結んでいて

 新緑色の瞳を極限までに細くして

 私を睨みつけてくる。


 これはあの日から変わらないようだ……。


 その隣では企むような微笑みを崩さず

 ニカがイレーナを眺めている……。

 


 ……続くだんまりとした時間に

 さすがに耐えることができなくなって

 私が口を開こうとした瞬間——。


「……貴女ならこれ使えると思う……」

 

 ニカがイレーナに渡したのは

 手のひらに収まる一枚の紙切れだった……。

 

「……いつか役に立つはず……」


「…………え?」



 イレーナの言葉を聞き入れる様子もなく

 ニカは満足げにそっぽを向け歩き出した。

 残されたミカは私に舌打ちをして

 ニカを追うようにそのまま出ていった……。


 イレーナが手渡された紙を覗き込んだ。

 ……これは……魔法陣……?


 顔を見合わせた私達には

 この紙切れの重大性を

 今は理解出来ないままだった……。



「ずっと不気味に笑っていたのが、前に話したニカだよ。やっぱり匂いと瞳が似てる」


「……似てるのかな? 自分じゃ分からないけど……不思議な雰囲気の可愛い子だったね」


 ……この後イレーナに、

どうしてミカに睨まれていたのか聞かれた訳だけど、私にも答えようがなかった。

 理由なく最初からそうだった気がするからだ。


 

 開かれたままの扉に気配を感じ

 そちらに目を向けると

 何処からともなく湧いて出てきた

 司令官がひょっこり顔を出していた。


「イレーナ王女、お久々に御座いますねぇ。アイオ君はすこーしだけ成長したみたいだね! 良きかな良きかな! ってな訳で……イレーナ王女、ご準備のほどは?」


「……はい、滞りなく。ここまで導いてくださって深謝申し上げます。ノゼアール国の行末が落ち着きを見せた頃に、また改めて感謝の意をお伝えさせていただければ幸いです」


 イレーナの言葉には

 負ける気はさらさらないといった気迫が

 気持ちが良いほどに乗っかっていた。

 

 時は満ちて、私達三人はイセルト国にある

 審議が行われる裁判所へと向かった——。

 


 扉を開ける前からなんとも言えない

 雰囲気が辺りに充満していた。


 禍々しい……

 この言葉がしっくりくるだろうか。

 扉の先に公平な天秤があるようには感じられない。

 


「気負いしないようにねぇ。アイオ君」


 何故だか私だけ名指しでそう言われ

 扉は一気に開かれた————……。

 



「——それでは……」


 講堂のような場所になっている

 だだっ広い空間のど真ん中に

 イスキレオ機関の上官が立ち

 審議会の始まりを告げた——。


 上官に向かい合って起立した

 ひとりの背中が眼に入る。


 その背中から厳格さが失われることは無く

 勇ましさを醸すノゼアール国王が立っていた。

 

 その姿に心打たれるものがあるのか

 イレーナの呼吸が早まった……。

 

 イレーナと司令官はノゼアール国王の

 背後側に準備されていた椅子へと腰掛けた。私はその後ろに立つ。



 ……中央の右側に着席していたのは

紅蓮色の髪をしたファライスタ王。

 年齢で言えば二十半ばだろうか。

 シーナの報告通り、

 自身の正義を信じてやまない……

 そんな眼をしている青年だ。

 


「……率直に申し上げる! 我々ファライスタ国は、軍事用途でノゼアール国が魔石を乱獲しようとしているのではないかと考えている! このような互いの腹の探り合いの時代に、田を耕すだけの国があると言うのも、不可解だと感じられる!」

 

 若き王は血の気が多いのだろうか。

 ……とにかく騒がしい。


 ……数日前の侵略とも思える

 ファライスタ国からの申し立てに

 反論に出たノゼアール国は

 城の一部を損害した。

 被害が城だけに収まったのは

 不幸中の幸いと言えばいいだろうか。


 無論この件に関しては

 審議で触れられそうもない。


 ……何にせよこの審議会はただの茶番だ。


 空気を読みきった司令官は

 頃合いを見てすっと立ち上がり

 いつもの飄々とした態度で

 前へと出ていった——。


「……ガストレア国王からの便りを預かっております。まずはこちらを御一読いただきたい」

 

 …………。


 ファライスタ王が読み終えた辺りで

 イレーナはゆっくりと腰を上げた——。


「わたくし、イレーナ・アスト・ガストレアと申します。訳があり、長くノゼアール国へと身を置いておりました。ですので、ノゼアール国の動向は、この目でしかと見て参りました……。ガストレア王国を代表し、この場にて公言させていただきます。ノゼアール国王があの魔石を、軍事的用途として用いた事など、一度としてございません。……どうか、その旨を含めたご審議を——」

 



 同盟国であるガストレア国を後ろ盾にした司令官の策略は、見事に事態を緩和の方向へと導くことになっていった——。

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