第30話 結託

 錆びついた窓をこじ開ける。

 擦れて鳴った不快音が

 全身に響き渡って眉をしかめた。


 押し込んでくるように風が入ってきて

 滞ったこの部屋を一掃するようだった。


 ふらついてはいるものの

 イレーナは着々と身支度をしていく……。


 私はただ無心で

 その様子に眼を向けていた。

 無理に身体を動かしているのが

 見ていて痛々しくもあったけれど……。

 

 それに気づいたイレーナが

 すぅっと近づいて私のフードを摘み

 下へとぐっと引っ張った。


「下……向いててね」


 ……湿度を感じるイレーナの声が

 私の内臓を突き動かした——。

 その妙な感覚は

 私の頭の中をぐるぐると巡る……。

 

 私の視界はされるがままに

 イレーナが整う時を待った。

 


「イレーナ王女、顔色が優れないが……話なら今でなくとも……」


「……まずはこの数日、醜態を晒してしまった事、大変申し訳ございませんでした。国王様の計らいで、今は随分と調子も取り戻せて参りました。感謝の念に絶えません」


 イレーナが自室を出たとの知らせを受けて

 私達が待つ客間へ急いでやって来た国王は

 表情にこそ出さないものの

 イレーナの姿に少し安堵したような声色だった。


 人払いをされた客間には

 私とイレーナと国王しか居らず

 気兼ねない国王の声だけが

 この部屋を埋め尽くしていった……。


 ……——。

 全て話し終わり

 国王は静かにこの場を後にした——。

 

 度重なる環境の変化に

 イレーナの心が保っていられるのか

 私はそれだけがずっと引っかかっていた。


「大丈夫だよアイオ……」

 

 ……口調も声色も気が張られていない。

 今までが仮初めだったかのように

 自然体に振る舞う姿は

 本物のイレーナが見えた気がした。



「私、知ってたの。ある時、そんな事を裏庭で話している会話が耳に入っちゃって。……だけど私小さかったから、その頃はよく理解できずにいたんだけど……。どこかでね、家族だけど、そうじゃないって気はしていたの」


 イレーナの話にこくりと頷く。

 話し終えるまで口は挟まず

 ただ黙って相手の言葉を拾うのが

 私達のお決まりにもなっていた。

 


「だからって、私の家族は今もノゼアールに居る。私が帰る場所もあそこにしかない。私はあの国の為に、今出来る事を考えたい。それで……全てが元に戻ったその時は、私の身の事も、ちゃんと考えようと思うの」


 

 イレーナの意志は堅い。

 国王や私が危ないからと止めたとしても

 彼女はこちらの願いは聞き入れない。



 国王もそれは承知の上で

 私に仕えて欲しいと切に願ったんだろう。

 


 先日ここへシーナが置いていった

 ノゼアール国王への審議の日取り。

 イスキレオ機関も設けられている

 中庸国イセルトとファライスタ国の

 不可解な関係の調査報告……。

 

 実はこの二点から突破口を準備した

 人物が居た……そう、あの司令官だ。


 先回りをしていた司令官が

 シーナをこちらへ向かわせて

 私達の援護にまわっている。

 

 イセルト国が有する

 イスキレオ機関に所属しているとはいえ

 司令官もアスピス部隊も

 個々の集まりでしかない。

 司令官には見据える先があるのだろう。

 

 私はガストレア国王にも先に承諾を得て

 決意に満ちたイレーナに

 司令官が考えた取り急ぎの策略を話すことにした——。


 

 今日から二日後の正午過ぎに

 イセルト国にてノゼアール国王の

 審議が執り行われる。

 

 審議に問われる罪状は

 『魔石乱獲の疑い』だった。

 当時、ノゼアール国へと飛んで来た魔獣を

 魔石欲しさにわざわざ討伐し、我が物にしよとしたのではないか……という、なんとも馬鹿げた疑いだった。


 ……確かに、魔石を持つ魔獣の乱獲は

 他国への恫喝とも受け取れる。

 それほどに魔石は貴重で多様しやすい。


 とはいえ、そもそもそんな事は

 今になって言い出す話ではない。

 

 

 こんな馬鹿げた話が罷り通せてしまうのも

 中庸国であるイセルト国の思惑が絡んでいるからだ。

 

 ファライスタ国の先王は、当時から

 イセルト国の意のままに動いたと言う。

 それは代替わりがあった今でも変わらない。

 現王はただの操り人形なのだろう。

 シーナの報告からすると

 現王は何も知らないはずだ。


 『現王は何も知らない』

 ……そこに司令官は好機を見出した。

 

 審議の当日、その会に呼ばれていた

 司令官と、私達は合流することになり

 そこでイレーナが証言者として審議の場に立つ。


 若きファライスタ国王へ

 新しく権力を携えたイレーナが

 真実を訴えかけ、一か八かの賭けに出る。



 ……司令官の楽観的な策略が

 上手い具合に転んでくれるように願うしかない。


 

 

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