第5話

 此処は、何処だ?左腕が無い。車から炎が上がっている。頭が暖かい。これは、血か。


「シーシャ、いるんでしょ。」


 キャレはボロボロの身体で歩く。周りは見たことない林だ。五月蝿い街の喧騒がここでは聞こえない。静かすぎる。それが不安を駆り立てる。


「シーシャ、どこ。」


 細かなことを考えることはなかった。ここにいる理由も、ここに来た理由も。ただ今は安心したかった。


 パンッ


 甲高い爆発音。どこかで銃の音がした。キャレは反射的に身を隠す。パンパンと続けて数発鳴る。敵は複数か?手あたり次第狙いを定めずに撃っているように思える。合図を送っているのか?

 恐る恐る音の鳴った方角へと進む。決して身体を見せることなく、血とオイルの漏れ出る体を引きずって。こんな時、義手でよかったと思ってしまった自分がいた。痛みを忘れることができる。それは確かなアドバンテージだった。

 静けさは異物を強調させる。音が輪郭を持ち、矢印を向けるように。


「生体反応なし。識別認証は……壊れてる。近づくしかないか。」


 遠くから音の主を発見したキャレ。ゆっくりと相手との距離を詰める。鼻をつんざく焼けた鉄の匂い。爛れた人工皮膚を纏ったヒューマノイドがそこにはいた。


「シーシャ?」


 今にも機能停止しそうな姿。目の虹彩がチカチカと点滅している。木の根元でずっと項垂れたまま何か朧げに呟いている。


「待ってて、今助けるから……。」


 

 バンッ



 なんだ。耳が痛い。耳が無い。抉れてふっとんだ。さっきまでは何ともなかったのに。銃声?シーシャの?私を撃ったの?

 キャレは呆然とする。どんな恐怖よりもこの状況を整理する事が最優先だと頭が判断した為だった。


「なんだ……ちっとも楽しくない。」


 シーシャは一言そう言った。

 

「シーシャ、あなた、今私を撃ったの?」

「他に誰がいるっての。」


 キャレは言葉を失った。なんでシーシャが自分を撃つのか理由を探すが、探せば探すほど理解が追いつかなくなり、同時に拒絶した。


「あの時は楽しかった。多分。一時的に達成感に満たされたから多分そうだ。でも、今は違う。」


 そうシーシャは言い捨てる。


「戦いは楽しい。そうでしょ?キャレ。」

「なにを言って……。」

「別にいい子ちゃんぶらなくたっていいんだよ。今は私たち以外誰もいないんだからさ。」


 いつものシーシャと違う。なんだか怖い。たまに見せる笑顔は幾つもの意味を含んでいるように見えた。


「あなたが最初に戦うと言った。戦いをやめると言ったのもあなた。その自制心が私との違いなのかな。」

「シーシャ、なんか変だよ……。」

「変?私はすこぶる正常だよ。」


 おちゃらけたように左手を振ってみせるシーシャ。しかし肩がもげて手が地面に落ちた。それを見つめ、もう片方の手でそれを私に投げつけてきた。


「お揃いだ。」


 転がる腕。まだ信号が微かに残っているのか指先がピクピクと動く。気味が悪い。少し引いているキャレを見てシーシャは高笑いをあげだ。

 

 分からない。あなたの事が急に分からなくなったよ。ちょっと前までいつものあなただったじゃない。何があなたにそうさせるの?



「あなたを殺したの、私だよ。」



「は?」


 カミングアウトは唐突だった。頭は理解を拒む。でも駄目だった。


「私を殺したのが、あなた?」


 信じられなかなった。信じたくなかった。


「そう。」

「でも、私を殺したヤツは敵兵だった……。」

「敵のヒューマノイドの頭をハックしたのさ。情報電子戦はお手のものだから。」


 でも、なんで。あなたに殺される筋合いなんて無いはず。私が何したって言うのよ。


「なんで、私を殺したの……。」

「単なる興味だった。いつも笑顔だったあなたの歪む姿を見たくて。」


 いつも笑顔?歪む姿?


「自分では気づいていないだろうけどね、昔のあなたはもっと活発だった。所構わず笑顔を振り撒いていた。私はそんな事出来なかった。あくまで模造品の私では。」


 キャレは自分の顔を触る。自分は感情の薄い方だと勝手に決めつけていた。口角を上げたのなんて数えるほどしかない。


「あなたは私たち使い捨てのヒューマノイドにも優しくしてくれた。それがとても嬉しかった。でも、疑問も湧いた。なんでこんなにも優しいんだってね。」


 シーシャはケラケラと笑う。後悔したような顔で。


「私は思ったよ。そんなあなたがヒューマノイドに殺された時、どんな顔をするのかなって。」


 キャレは口を噤む。言いたいことは腐るほどあったが、独白の邪魔をしてはいけないと感じていたから。


「だから私はあなたを殺した。どんな顔をするんだろう。どんな声を上げるんだろう。反撃するのかな。それともサムライみたいに自害するのかな。その時は色んな期待に包まれていたよ。」


 シーシャは残った右手で口を押さえる。そしてそのまま俯く。


「でも、あなたもヒトだった。他の兵士となんら変わらない顔と表情。私は後悔したよ。なんてことをしたんだって。」


 キャレは何にも感情が湧かなくなった。どんな感情でいればいいか分からなくなった。


「その死体を運んで、半ヒューマノイドとして蘇生してもらった。でもね、それは以前のあなたじゃなかった。」


 じゃあ、私は何だよ。今此処にいる私は。


「だから私も変わった。キャラを作った。好きでもないタバコを吸って、少しふざけて、ヒューマノイドなのにセックスを求めた。そうすれば、以前のあなたが少しは分かる気がして」


 全部作り物じゃないか。本物なんて存在しない。


「分からなかった。以前のあなたに戻す方法が。でも、さっき分かった。戦うんだよ、キャレ。」

「戦い?」

「ちょっと付き合ってくれない?私の我儘にさ。」

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