第3話

「ヒューマノイド狩り激化だって。」


 網膜投影された記事を読みながら二人は街を歩く。先日事故のあった現場は以前と変わらない雰囲気を取り戻し、人々は形跡を踏みつける。変わったところと言えば、近場にある商店で出自不明の高級半導体やボディフレームの片割れが売られるようになった事だろう。


「偽造生命証は?」

「持ってるけどNSOだって常に対応策を考えてる。このカード一枚じゃすぐに限界が来るよ。」


 戦力の水増しとして作られたヒューマノイド。それらは平時において厄介者として迫害の対象となった。


「ヒューマノイドはヒトを殺しすぎた。」

「その為に生まれてきたんだ。仕方がないだろ……。」


 シーシャはぶっきらぼうに言い、タバコの煙を蒸す。


「カラスのバァさんに亡命の手配をしてもらおう。隣のガスタルゴならヒューマノイドの規制は緩い。」


 キャレは右耳に指を添える。しばらくすると連絡が繋がったのか無言になる。脳内でチャットを交わす。その姿をシーシャは無言で見つめた。


「高くはつくけどいけそう。言っとくけどそっちの自腹だからね。」

「うぇえ……、けちんぼ。」


 一先ずの問題は解決した。次に考えるべきはこれからのこと。亡命先のことなんて何も知らない。ゼロからのスタートになる。とりあえず換金出来そうな物はあらかた売ってしまおう。住処も探さなければいけない。当面の間はシェアハウスでいいか。キャレがそうして思考を巡らせているとシーシャの顔が目に入った。

 ぼーっと何処かを見つめ、焦点の合わない眼球。自分が此処に無いような姿。フリーズを解こうと顔の前で手を叩いてみたり、頬をつねったり、尻を蹴飛ばしてみたりしたが一切動かない。

 流石に不安になり始めた頃、ハッと正気に戻ったシーシャ。


「伏せて!」


 キャレの頭を掴み、地面に押し付ける。身体は人混みに隠れる。その瞬間、多数の銃声が頭を撃ち抜いた。倒れた頭からは血液ではなく代替品のオイルが流れる。


「何何何⁉︎何が起こったの⁉︎」

「変な音が聞こえた。たぶんヒューマノイドにしか聞こえない特殊な音波だと思う。それに反応したヤツだけ機動銃座で撃ち抜かれた。」

「じゃあ、なんで私は平気なのよ。」

「鼓膜は生身のままだったでしょ。」


 シーシャはキャレの手を引き、屈んだまま人混みの波に乗る。混乱する群衆はこの場を搔い潜るのに都合がよかった。その間も定期的に音が鳴り、銃声が響く。キンと張りつめた機械音。それを合図とするように銃座からは弾が発射され、一体、二体とヒューマノイドは倒れる。

 倒れたヒューマノイドは身体を踏みつけられ、中身の電子機器がぶちまけられる。浮浪者たちはそれを見つけると群がり、追剥のように中身を物色する。まるでレイプだ。これではどちらが正しい者か分からない。


 キャレは思い出した。かつての戦場を。汚い人間と無差別に、感情なくヒトを殺す銃火器たち。立場が入れ替わっただけだ。ヒューマノイドは殺す側から殺される側に回っただけ。ワンサイドゲームはさぞ楽しいだろう。なぶり殺しはさぞ気持ちがいいだろう。私はいつだって不利な側だ。逃げることしか出来ない。反撃の手段だって持ち合わせていない。


 でも、あいつらを、ぶちのめしたい。


「シーシャ、やるよ。」

「やるって、何をさ。」

「あいつらをぶちのめす!」


 キャレの目の前には持ち主が殺され、放置された車があった。


「ちょっと待ってよ、あれ使うつもりじゃないよね⁉︎」


 その問いには答えず、キャレは車に向かって走り出す。不服そうな顔をしながらシーシャもそれに続く。車の周りに纏わりつく人々を剥がし、ドアを開ける。機能停止したヒューマノイドの目を開かせると虹彩認証で車のエンジンがかかった。


「あぁ、もう乗りたくなかったのになぁ……。」

「弱気なこと言わない。さぁ、いくよ!」


 汚い排気音と共に車が浮かび上がる。浮遊感に包まれながら身体に力を入れる。あぁ、本当に浮いてる。二度と空なんて飛びたくなかった。


「シーシャ、あなた情報電子戦用ヒューマノイドよね。遠隔ハックの準備しといて。」


 いつになくハキハキと感情豊かなキャレ。今から無謀な戦いをするというのにその表情は笑顔だった。

 

 これだ。私が見たかった、求めていた姿は。そして、同時に私が奪った姿だ。無意味な回り道ばかりしてきた。そうか、戦えば良かったんだ。だったら話は早い。


「OKキャレ。ぶっ放してやろう!」


 あなたの笑顔を見れるなら、私は何人だって殺せる。

 

 

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