第2話

 生臭い。これは何の匂い?羽音、纏わりつく。簡単に剥がれる肉。崩れる地面。

 いや、分かってる。分かりたくないだけだ。感情が記憶に蓋をする。それを理性がこじ開ける。

 戦車、飛行機、大砲、爆弾、銃、ドローン、ヒューマノイド。

 奴らが来る。死者を引き連れた無機物たち。間引きの為に最適化された道具たち。

 あなたたちに感情は無いの?本当に望んで人殺しになっているの?あぁそうか、あなたたちはその為に作られた。なら、仕方ないか。

 額に銃口を突きつけられる。弄ばれている。そう感じた。笑顔が気色悪い。人を殺す時くらい苦しそうにしてよ。

 そんなんじゃ、私の人生が報われない。

 身体の内から聞いたことない音が鳴る。動悸で外音が聞こえない。だけど、最後の言葉だけは覚えてる。


「助けて……。」


 バンッ


 

「がっ⁉︎」


 ここは……私の部屋だ。必死に自分の身体を隅々まで触る。その触覚はキャレを安心させた。

 汗でびしょ濡れだ。着替えを取りに行かないと。そうしてベッドから降りようとすると大人一人が痛みでもがいていた。シーシャだ。


「なんで私の家にいるのよ。」

「ちょっと寝顔を拝みに。そしたらうなされてたから……。石頭め。」


 苦しそうに頭を押さえるシーシャ。飛び起きた拍子に私の頭とぶつかったのだろう。だが、私はなんともない。それもそうか。


「死んだ時のことを思い出した。」


 キャレはベッドに腰掛けた。シーシャはその隣に座ると自らの手を見つめ、キャレの手を取る。


「ガラゴ紛争の時か。私があなたの死体を運んだ。死後間もなかったから蘇生出来たけど。」

「それでも身体の七割は機械仕掛けになった。特に脳と消化器系なんか総とっかえだ。」

「それで大好物だったチョコレートさえまともに食べられなくなった。昔はよく私の配給の煙草と交換してたのにね。」

「……そうだったな。でも今となっては猛毒になってしまった。お守りにもならない。」


 ハァと部屋に溜息が吐き出された。こめかみを押さえ、もう片方の手で顔を覆う。


「私を殺したヤツ、笑ってた。」


 微かに震える手。その振動はシーシャの手にも伝わった。

 

「……怖かった?」

「どうだろう。でも、その瞬間私が無意味になった気がした。」


 上手く言語化できない感情を乾いた笑いで誤魔化す。


「私は、何なんだろうな。」


 キャレはシーシャに問うた。


「何って?」

「生きているのか、死んでいるかってことだよ。私はヒューマノイドか?人間か?」


 手を見つめる。指を動かす。軋む筋肉と金属骨格の音。人でも、機械でもない。しかし、同時にそれらでもある。


「あんたみたいにハッキリとしてれば良いんだけどね。」


 その言葉はシーシャにとって酷く残酷な言葉だった。キャレに悪気が無いのは分かっている。だが、それが自らの罪を可視化させ、心を蝕む。ある筈のない感情を思い出し、見せかけの言葉を発す。


「白黒ハッキリされるのも困りものだよ。ヒトもヒューマノイドも曖昧な位がちょうどいいのさ。」


 嘘だ。誤魔化しているだけだ。現実を見たくない。とても単純な逃避行動の一種に自らを促し、口車に追従する。


「曖昧なら何にだってなれる。生者にだって、死者にだって。でも、どちらかに区分されてしまえば選択権は失われる。私がそうだ。」


 その曖昧さを作ったのは誰?彼女は元々私と真反対の存在だった。だが、私がこちらに引き込んだ。望んですらいなかったのに。


「私はあなたが羨ましい。その柔肌と機械の調和した身体が。」


 シーシャはキャレの手に指を絡ませる。目を合わせ、顔を近づける。


「あなたは美しい。私なんかと違って。私はあなたが欲しい。あなたが知りたい。」


 言葉の後、口付けを交わす。ぷっくりとした唇は精巧な人工物でありながら、とてもロマンを含んでいた。それは意思を伝播させ、言葉以上の情報量を両者に送る。


「自分勝手すぎ。あんたって結構傲慢だよね。」

「今さら。あの時だって、今だって、私はいつだって自分本位だよ。」

 


 その言葉の後、二人は狂ったように抱き合った。失ったものとある筈のないものを代替するように。全てが作り物。その中からほんのわずかな本物を見つけ出すために。こんなのはただの真似事だ。しかし、今はそれが必要だった。

 曖昧さに縋りながら、切望しながら、無意味な生命を生み出す行為を行う。頭のCPUはとうに焼き切れていたのだろう。身体は命を求めた。それは、自らの存在を拒絶するに等しかった。

 

 あぁ、なんて、惨めなのだろう。

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