煙草とチョコレート
外都 セキ
第1話
「よっ。」
「なんでいんのよ……。」
古ぼけた高層ビルの並ぶ街中、淡泊な会話を挨拶として二人は出会う。
「狙ったでしょ。」
「いんや?偶然偶然。マジでたまたまだよ。」
白々しい。キャレはそう感じた。対するシーシャは意味のない笑顔で場を柔らかくしようと必死だった。
人込みの中、二人は離れないよう無意識にくっつく。空には排気ガスをまき散らす車たちが五月蝿いハエのように舞い、張り巡らされたネオンパネルの光を纏いながら行先へと急ぐ。対して地上ではいわゆる最下層の人間たちが商店に売られている安物の電化製品よりも雑に使いつぶされ、消費される。ゴミはそこら中に散乱し、そこにネズミや浮浪者が我先にと群がる。
「ねぇ、シーシャ。あんたあの車乗ってみたい?」
キャレは空を見上げながらそう呟いた。
「やだね。アルダで負傷した時もあれに乗せられたけど運転荒いわ、交通ルールなんてあってないようなもんだから事故も多い。天国の近くで死ぬか地獄の近くで死ぬかの些細な違いじゃん?」
「天国、地獄かぁ。」
そんなものは本当にあるのだろうか。過去の人間たちが生み出した死後の幻想。今を生きる私たちには大した慰みものにすらならない。縋ったところで何になるのか。それを訝しむ心は不純なのだろうか。
そう考えている時、遠くのほうで大きな音が鳴った。銃声ではない。何かの爆発音だろうか。
「事故ったかぁ?キャレ、暇だし見に行こうよ。」
シーシャがキャレの手を引く。人の波を逆らい、邪魔な者は押しのけ、たまに靴を踏まれ軽い殺意が湧く。そうしていくうちに人の数は減り、黒煙の燻ぶる広場へと出た。場所にあったのは事故を起こした車二台と巻き込まれた市民数人。全員死人だった。
「あらら……。」
「ひどいもんだ。まぁでもこのタイプの事故なら即死だろう。苦しまずに逝けたことが唯一の救いだろうね。」
立ち上る炎。勢いを増すそれは恐怖と不吉の象徴でありながら、骨が痛むほどの寒さにこたえる今夜には非常に重宝するものであった。シーシャはその炎に近づき少し暖を取ったのちポケットから煙草を取り出し、焼けた死体で火をつけた。
「ちょっとあんた……。」
「ライター忘れちゃってさ。正直我慢の限界だったんだよね。」
「そうじゃないわよ……。」
キャレは少し引き気味にその行動を咎める。それを意に介さず美味しそうに煙を吸ったり吐いたりして遊ぶシーシャ。二本目を取り出すタイミングでキャレに箱を差し出した。
「いらないわよ。」
「なんでぇ。美味しいのに……。」
「アンタ前カラスのババァにもう煙草やめろって言われてなかったっけ。」
「こんなに美味いのにやめられるわけないじゃん。それに楽しいんだよ。煙を吐くのって。」
ニカっと笑う顔は後ろの現実と世界観が合わない。死体が転がるなんて当たり前。それを誰かが処理するのも当たり前。それらを娯楽として消費するのも当たり前。気づけば野次馬が事故現場を取り囲んでいた。
人々は炎に手をかざす。祈りの様な、儀式の様な。それは両者にとってある意味での救済だった。
「みんな暫くは死なずにすみそうだね。」
「大した時間稼ぎにすらならない。死ぬのが明日に伸びただけだ。ボロ屋でも住処のある私達は恵まれてるよ。」
そう吐き捨てるとキャレは踵を返す。
「シーシャ、帰るよ。」
しかし、シーシャからの返答は無い。煌々とした炎に魅入られるようにその場を離れようとしなかった。
「なんかあったの?」
「いや、なんでもない。」
何かを考えこんでいそうな姿。こうなるとシーシャは長い。キャレもその光景を一緒に見つめた。死んだのは見ず知らずの一般人。特別な感情など湧くはずもない。ただ、1つの疑問が浮かんだ。
「ねぇ、シーシャ。この人たちは天国に行ったのかな。地獄に行ったのかな。」
キャレの問いにシーシャは目を合わせる。少しの思考の後、答えが定まらないまま喋り始めた。
「事故の原因、それに伴う被害の大きさ。その事故で偶発的に起きた人助け。今あるものだけでの判断は難しい。ドライバー二人がカーチェイスして事故を起こし、善良な市民を巻き込んで殺したかもしれないし、たまたま起きた事故で下敷きになった人物は極悪人かもしれない。それに、彼らがヒトとは限らない。」
説教臭いと感じたのか、シーシャは急いで自らの論の答えを出した。
「つまり、第三者がどうこう言えることじゃないってコト。しっくりとはこないけどね。」
シーシャの答えに意外だと感じながらも、妙に納得したキャレだった。
「他人に死後の行方は決められないか……。死にきれない私には天国も地獄も無いだろうな。」
炎を見つめながらキャレはそう答えた。
「私もだよ。お揃いだ。」
二人は帰路に着く。後ろでは車の燃料タンクが破裂したのだろうか、再び爆発が起こった。轟音の中の人々の叫び声、泣き声。振り返ることは無かった。目を背けたのではない。哀悼の必要などなかったから。
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