第2話 閉店
棚を彩るショコラのディスプレイが、シックなボックスから色を添えて飾ったバレンタイン仕様に変わる一月。ショコラティエの匠の店はいつにも増して女性客で賑やかになる。バレンタイン限定品を出せば、祭りの効果なのか常連だけでなく新顔まで来店する。
「ではトリュフとプラリネのボックス、ローズとサフィールお一つずつでお間違いないですね」
自分用を買いに来たという客にボックスを確認してもらい、匠は色違いの箱をこの時期専用にデザインした紙袋に入れる。
大学生らしき客は選んでいる間に見せた興奮を消さぬままに袋を受け取ると、棚を眺めている友人の方へ「お待たせ」と戻っていった。
「ありがと。売り切れ前に買えた」
「良かったね。しかしよくやるねぇ。二つも買うとは」
「入ってるショコラの種類、違うんだもん。そっちは買わなくていいの? 限定だよ?」
「いや、いい」
親しい間柄に独特の気兼ねないやり取りを聞きながらガラスケース内のプラリネを補充していた匠は、気付かれない程度に二人を窺い見た。買わない理由を聞くのは耳が痛いが、改善点のヒントになりうる。
「勿体無い」と購入客の方が口を尖らせると、相方は眺めていたトリュフの箱を棚に戻して「ダイエット中だから」とクールに言い放つ。
「チョコは一粒ちっちゃいのにカロリーすごいもん。すぐ太る」
匠は多少苦々しさを感じつつも、よく聞く女子の悩みか、と納得する。本気度が薄そうにそう言う客は珍しくない。
とはいえ、次の意見が気にはなる。二人が入り口へ近づくのを目で追う。手袋を嵌め直した相方が、扉に手をかけた。
「見た目は綺麗でも、ニキビも増えるし」
二人が外に出て扉が閉まる直前、寒風と共に隙間から切り込む。
「私には毒」
外気が遮断され、女子特有の高い声が徐々に離れていく。
住宅街に建つ店の中はややもせず無音になった。
「毒、か」
客を見送る挨拶を忘れていたことに、数秒遅れて気づく。
ブォンとクーラーの電子音が鳴き、静寂を一層際立たせた。
「聞こえてるんだけどな、一応」
ぽつりと漏らしても、聞いてくれる人はいない。
精巧な限定ショコラの飾り箱が、いやにわざとらしく見えてくる。
悩み抜いてデザインした、最高の出来だと思っていたのに。
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