第51話 王女と老婆



翌日、三人は大広間に呼び寄せられた。

簡素な玉座にて、エイリーンが鎮座している。

ファルベンでの玉座の間は壮大な広間であり、王との距離もそれはもう遠いものであったが、

ここでは玉座のすぐ前と、左右に相対する椅子が並べられている。

優雅に頬杖をついていたエイリーンが居住まいを正し、口を開いた。


「まずは、長旅、ご苦労であられた。

 エリックが無理を言って連れてきたのだろう。まったく、迎えをよこしたものを……」


「えへへ、でも一人で来られたよ!」


エイリーンがこめかみをピキっとさせたのが、二人にすらわかった。

ひっ、とエリックが息を飲む。


「冗談ではない。

 万が一があったらどうするつもりだったのだ」


「そんなの、僕が魔力で」


「己で責任もとれない行動をするなと言っている。

 いつまで子供のつもりだ」


すっかりしゅんとしたエリックを黙らせると、二人に話しかけた。


「さて、イグニストのアレン殿、セレニアのフォトナ殿だったな。

 私はエイリーン。エリックの姉にあたる。

 エルフェイムの第一王女だが、が臥せっておってな。長女である私が代わりに執務している。

 

 まずは、礼を言う。

 大変な道のりを、すまなかった。存分に休んでくれ」


「エイリーン様」


フォトナが真っ先に応えた。


「お気持ちはありがたいが、国難にあると聞いています。

 道の中で、汚れ切ったエルフェイム大河も見ました。ゴブリンの襲撃もありました。

 

 何か―――異変が起きていると。この目で確かめました。


 その中で、私にできることがあると仰せならば、よければ、事情をお聞かせいただけませんか。

 私のセレニア由来の力が何かお役に立てると聞きました。

 観光に伺ったのではありません。 私は、一刻も早くお力になりたいのです」


その時、重い扉が開き、飛び退いた衛兵達の間から一人の老婆がゆっくりと姿を現した。


「お呼びしたのは他でもない、わしじゃ」


腰は折れ曲がり、片手を後ろ手に、杖をついている。しわしわの顔に、優しそうに垂れ下がる一文字の目、グッと引き締められた口元。

頭の上で髪を結わえ上げている。重たく耳を垂れ下げているピアスと、何重にもつけられたネックレスが印象的だ。

杖と共に、しかし足取りはしゃきしゃきと確かに、三人の元まで歩み寄った。


「ばば様!」


エイリーンが小さな嘆息を漏らしたように聞こえた。

次の瞬間、目を見開いた老婆の小さな体躯からとは出たとは思えない罵声が、大広間に響き渡った。


「こんのぉ―――大馬鹿者が!!!!!!!!!」


ピシャッと杖で打ち付けられたエリックがその場にうずくまった。


「封鎖された関所を越え、ゴブリンに遭い、

 しかも、パラグライダーを己の特権で使わせたそうだな!?!?

 一人で飛び出して、客人を危険に晒し、何かあったらどうするつもりだった、ええ!!?!??」


「いたい、痛いよばば様……」


「エリック!!!この馬鹿が、恥を知らんか、恥を!!!

 もういい、ファルベンに行かせたのが間違いじゃった。あんなふざけた学園になど!!!

 すぐに退学願を出せ。国に帰れ、一から根性をたたき直せ、戯け者が!!!!!!!」


声を上げるたびに、ぴしゃりぴしゃりとエリックの小さな体が杖で打ち付けられる。

その杖を、フォトナが逞しい腕で抑えた。

ものすごい力だ。

グググと拮抗する杖と腕の力に、はっとして見上げた老婆とフォトナが対峙した。


「ええと……ご賢老の……」


「……ザリアじゃ」


「ザリア様。

 フォトナ・アストリアです。セレニアより参りました」


「ああ、貴殿が………」


杖を下ろすばば様―――もとい、ザリア賢老。

ようやく杖の猛攻から逃れたエリックは泣きそうな顔で体をさすっている。


「ザリア様の思し召しにより私がお伺いすることになった。そう聞いています。

 ……な、エリック。急いでくれたんだよな」


「……うん……はい。早く、国の乱れを治めなきゃ、皆を助けなきゃって思って、それで……」


「だからと言ってッ」


「エリック」


腰を曲げたフォトナがそっとエリックの背中に手を当てた。


「やりたいことが、あるんだろ」


「……うん」


きゅっと滲んだ涙を拭ったエリックが、一生懸命に声を張り上げた。


「ばば様、エイリーン……様」


「なんじゃ」


「フォトナと共に、この異変を止めに、僕は来ました。

 昨日のエルフの一件も、こちらにかかわることではないのですか」



エイリーンが眉をひそめた。


「ああ、確かに。

 これからきちんとした聴取をせねばならんがの。


 これまでの報告では、エルフの里に異変が起きており、

 それがエルフを脅かさんとする人間の仕業である―――

 ―――その前提に基づいて、交渉に来ている。そのような話であることは確かだ」


エルフが元々争いを好まない人種であることはエリックの話からも窺えた。

しかしあのように血相を変え、人間に敵意を剝き出している。

人間とエルフ、その勢力均衡により保たれたエルフェイムの平和が脅かされており、

それが何らかの異変をきっかけにしたものであることは明らかだった。


「ザリア様、エイリーン様。

 僕がそれを解決する、少なくともその助けをします。必ず」


「何をまた戯言を……」


「僕には、フォトナがいます。間近で見てきて、えっと、魔力は発展途上でも、そこに確かに力があると思います。

 僕は、強い意志があります。これまでみたいにその……甘ったれて動いたりしません。

 学園生活も、続けさせてください。たくさん学んできたことがあるんです」


「ええ」


フォトナもそっと寄り添った。


「私も、学園でエリック王子と引き合わせてもらえた。

 私達はこれからたくさん学んでいかなければならない。

 それに信用が必要と仰せなら、国難を解決する、そのチャンスを与えてはいただけないかなと……」


「フォトナ」


黙って聞いていたアレンに窘められ、フォトナは口を噤んだ。


「……すみません、差し出がましいことを」


「いや」


エイリーンが話し始める。


「ばば様、エリックに厳しくするのは、何もばば様だけの仕事ではない。

 それに、国政を一度委ねてもらうのは私ではなかったかな」


「なんと………」


「判断を任されたい、と申している。

 そして執務時間中、この大広間への無断の入室は、ご賢老でも遠慮いただかなければなるまい、な」


「…………言うようになったもんじゃの、小娘が」


「あなたの教育の賜物だ」


ふ、と互いの頬が緩んだ。

根っこでは信頼しあう仲なのだろう。よろしい、と踵を返し、ザリア賢老が扉に向かう。


「安請け合いをするものでないぞ、小童が。

 問題の中身を精査し、その本質と愚直に向き合え。話はそれからじゃ」


事情を詳しく説明してもらえる、とフォトナにすらそう聞こえた。

扉がばたんと閉まると、心なしか大広間の空気がほうっと息をつくようだった。


「見苦しいものを見せたな。

 さて、客人らよ。お疲れのところすまないが―――」


エイリーンの美しい切れ長の瞳がきらりと光った。


「聞いてもらおうか。エルフェイムの国難を」

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