第50話 到着と騒動


エトレンテに着いたのは、それから三日三晩歩き続けた後だった。

途中の狩りや脚力増強に慣れながら、徐々に魔力の扱いが上手くなっていく手応えは確かなものになっていく。まだまだ魔力の扱いに不慣れなアレンとフォトナにとって、貴重な機会となった。


当たり前のように魔力を駆使して華奢な体で効率よく生きるエリックから、学ぶことは多かった。

「フォトナちゃ~~ん、水汲んできてよぉぉ~~~!」

―――イライラすることも、少なくは、なかったのだが。



そして、いよいよ。

鬱蒼としていた森の木々が徐々に低くなってきて、木の密集度も下がってきた。

これまで細かった道がどんどん広く、整備されたものになってくる。

道が大きく開けたと思うと、そこには―――


「ようやく着いたか」


―――エトレンテ。エルフェイムの都の門扉が見えた。

大きな門と、その先に白い壁の建物が並ぶ街が見える。

中の木々は剪定され、家々と森が不思議に織り成す雰囲気がある。

綺麗な都だ。

だが―――門の向こうに人だかりができている。

三人が駆け寄ろうとすると、衛兵がさすがにエリックに気付いたようだ。


「エリック王子!?!?

 まさか、歩いて!?よくぞご無事で……このお二人は」

「僕の客人だ。それより、何があったの」


嫌な予感に、エリックの顔が一気に引き締まっている。


「それが……」


「……いい加減にしろ!!離せ、この野蛮な人間どもが!!」


人だかりの中央、取り囲んだ兵士達。

うち二人のの兵士により身を抑えられた長身の男が大声を上げていた。

滑らかな肌と投身が印象的で―――その耳は長く尖っている。

―――エルフだ。


「……あの調子で。わけのわからぬことを申すのです。

 宣戦布告は受けて立つ、これは最後通牒だと」

「宣戦布告!?したの!?」

「まさか!突然のことでございますよ。

 オリヤ王もまだ臥せっておりますし、とにかく城に招いて話を聞きたいところなのですが……

 兵士の対応が気に障ったようで、あのようになってしまって……」


エルフは喚き続けている。

「下賤な人間が、私に触るとは、

 森を汚しただけでなく、恥を知れ、この、人間が!!」

人々の中からは舌打ちと嘲笑がさざめいていた。



「何の騒ぎだ」



人だかりがさっと割れ、護衛を引き連れた一人の女性を通す。

水を打ったように場が静まり返る中、美しい長身の女性が姿を現した。

幾重にも重ねられた薄く柔らかな白い布が、優美な歩みに合わせて揺れ動く。

一目で高貴な女性とわかる。そして……


「エイリーン姉さま!」


声を上げたエリックに、人々がさらに注目した。

「まあ、エリックさま!」「お帰りになったの!?」


エイリーンと呼ばれた女性は、エリックに気付くと少し眉を上げただけで、

そのまま捕らえられたエルフを見下ろした。


「エルフの客人よ。なぜそう荒立つ。

 話なら聞く。城まで来られよ」


「ハッ、軽んじるのも大概にしろ。

 この、約束も守れぬ、汚らわしい、屑の末裔が!」


エルフがペッと唾を吐き、それがエイリーンの美しい裾にかかった。

フォトナは隣のエリックがみるみると怒りを上らせるのがわかった。

エリックだけではない。エイリーン様…!と民衆までもが怒りを露わにしている。

衛兵達に至っては剣に手をかける者まであった。


すると―――

―――エイリーンは、片膝をついた。


「我が民が何か、無礼を働いたのだろう。

 すまなかった。

 ただ、話を聞かせてはもらえまいか。

 わざわざここまで降りて来られたのは、争いを避けるための思慮であられよう」


渋々といった様子で立ち上がったエルフの男を囲う衛兵達に、エイリーンが告げた。


「丁重にもてなしなさい。客人だ。

 礼儀を尽くせ。私はよい」


すっと衛兵達がエルフから距離を置き、エイリーンの護衛も解除される。

連れ立って歩く衛兵達とエイリーン、エルフの群が、城への道を歩み始めた。

最後にちらっと振り返ると三人に声をかけた。


「エリック。お前も来なさい。まったく、このお転婆が。

 遠くから来られた客人よ。すまないが、もう少しだけご足労願いたい」



ようやく人だかりが解けた、石や木でできた建物で出来ている白い壁が続く街の中。


「あれが姉君か?」

「うん、一番上のお姉ちゃん」

「素敵な……方だな……」

「えへへ、めっちゃ怖いけどね~~」

「お前よりよっぽど貫録があったな……」

「えへへ~~~」


確かに、顔立ちや髪は同じだったが、エリックとは似ても似つかない威厳である。

三人はようやく、城に真っすぐに続く道を進んだ。



エルフェイム共和国の城は、城というより、大きな洋館のようだった。

城の前には小川が流れ、橋を渡る。周りを木々に囲まれ大きな石造りではあるが、二階までしかない。

白塗りで、屋根に至るまで細かな装飾を施されているが、そのどれもが柔らかな曲線だ。

イグニストの威厳を漲らせたゴツゴツとした王宮に比べ、どこか慎ましさを感じさせる。


三人はそれぞれ部屋を割り当てられた。

久しぶりのベッドでの睡眠が、ボロボロの身体に染み渡った。

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