第49話 三人と焚火
結局、大騒ぎするフォトナはそのウサギを逃し―――
一日かけて得られた戦果は、魚が十匹ととウサギが二匹。
焼いて保存すればこれからしばらくはしのげそうだが、
どうやら、これからの道も釣りや狩りをしながら進むしかなさそうだ。
しかし……一日中寝っ転がってあくびをしながら本を読むエリック。
すべての材料の下拵えから焼く調理をこなしつつ、
フォトナはそろそろ気づき始めていた。
「なあエリック、ちょっと魚をとるのは……」
「雷の魔球を素早く動く的に撃つ、これも訓練だよねぇ~」
「うっ……」
「その、魚をさ、串に刺すのを……」
「物体の重点を的確に捉える手先の器用さって、魔力錬成においても重要なんだよねぇ。
いやあ、まさしく実践だなぁ」
「そうか………?」
「そろそろ薪を集めておきたいんだが……」
「あ~~あ、喉渇いちゃった。水を汲むのも、筋肉筋肉!」
「………………………」
夜になり、焚火を囲む三人。
串刺しの焼き魚は、意外とおいしい。
最低限の調味料が入っていたのはラッキーだった。
「うぇ~~フォトナちゃん、骨いっぱいあるよぉ……」
「……それで」
「やっぱさぁ、細かい作業をするさぁ……指使いっていうかさぁ……」
さすがに痺れを切らしたフォトナが声を上げた。
「自分でとれ!!」
「えぇ~~~」
本当に不満げなご様子。
アレンと過ごしたせいで"王子"像がブレたフォトナだが、察し始めていた。
さては、こいつ、相当甘やかされて育っているぞ。
「お前さ、ちなみに兄弟とか……」
「お姉ちゃんがいっぱいいる~~。僕はエルフェイム家の初めての男子だよぉ」
さも、ありなん。
うう……と仕方なく慣れない手つきで魚の骨をぺっぺと取りながら焼き魚を頬張るエリックに、
そういえば、と、フォトナは気になっていた問いを投げかけた。
「魔力で『気を扱う』、というのはエルフェイムの考え方か?
ええと、自然から力を頂く、という―――
……そうだ。サマンサ先生も言っていたんだ」
『私達は自然界から魔力の源―――"気"をいただいているでしょう。
食べるってとっても大切なことなの。身体が求めてるものを食べることが大事よね。』
『同じように、泣く、怒る、怖い、悲しい……
そういう内からの流れをね、止めずに受け入れること、許してあげること。
魔力をきちんと扱うためにも、大切なことなの』
ウェーブの緑髪、眼鏡の薬学教師兼保険医―――
学園の保健室でのサマンサ先生との会話が、もうずいぶん前のことのように感じられた。
「ぺっぺっ……あ、サマンサちゃんか。
そうだね。わりとここでは共通する考え方かも?」
「俺はあまり自然から……云々は意識したことがないけどな。体内の魔力錬成の話は参考になったが……」
少々怪しがるアレンの表情は、同じく疑義を呈したイヴリス騎士団長を思い出させる。
フォトナは思わず、ふふ、と笑ってしまった。
「なんだか興味深くてな。
私の国でも、食べる前は簡単に手を合わせるのが普通だが、正式には『頂きます』と言うんだ。
他の国では、手を組んで、女神への祈りを捧げるだろう?
セレニアとエルフェイムとで、少し似通っているような気がしてな。こんなに離れているというのに」
ファルベン連合国の東に位置するエルフェイム共和国。
真逆にある、西の外れにある島国であるセレニアと共通点がある。
もし文化圏が共通するなら、他に不思議な歴史の縁もあるのではなかろうか。
孤独にファルベンを生きていたフォトナにとって、少し新鮮な、心温まる発見なのだった。
―――が。
「へえ~~~おもしろいね。
ま、サマンサちゃんもねー、色々苦労した方だからさ……」
もそもそと焼き魚を食べるエリックは口では面白いと言いつつ興味を示さない、
というより、サマンサの名前に思考が引っ張られているようだった。
珍しく少し言葉を濁すと、さて!と表情を切り替えた。
「いよいよ明日からはガンガン進んじゃうんだから。
脚力増強の魔術も仕込むから、ちゃっちゃと身に着けてね。
都まで距離を稼ぐよ!」
確かに、今日は食料調達に一日を使ってしまった。
明日以降、急がねばなるまい。
「アレンも、明日は特訓、禁止!使っていいのは狩りだけだからね!」
さっさと食べ終え、人差し指から小さな雷球を出していたアレンは急に叱られ、ハッ!と魔力を引っ込めた。
小さなエリック先生と屈強なアレン生徒。
その様子が可笑しくて、声を上げて笑ってしまったフォトナ。
三人を、焚火が温かく照らしていた。
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