第48話 王子と特訓



ここまで来れば大丈夫だろうと、開けた場所で二人は走るのをやめた。

腰をかけるのにちょうどいい倒木、近くに川のせせらぎも聞こえる。

一心に駆け抜けた二人はほうっと息を吐き座り込んだ。

父月と母月は離れているが、意外に辺りは月明りでよく見える。

声を潜めながらも鳥や虫の声を聴くうちに、二人の鼓動は落ち着いてきた。


「フォトナちゃーんっ!」


「エリック!」


フォトナが思わず歓声を上げた。


「ごめんねぇ、遅くなっちゃって。結界張り直して、馬房の餌を補充してたの。よかった、あれならたっぷり保ちそう!

 都についたらすぐ引き取りに行かせないとね、連れてくるよりはまだあそこの方が安全だしなぁ……」

「馬の心配よりエリック、身体は」

「あはは、ピンピンしてるよ!言った通り動いてくれてありがとうねぇ、すぐにわかった」


息の乱れる様子もなく、何なら二人よりも元気そうだ。

脚力を魔力で増強して走ってきたのだろう。

フォトナはようやく胸を撫で下ろした。


「……怖い思いさせちゃってごめんねぇ。結界が弱まっちゃっていたんだと思う。

 あんなところにゴブリンがうじゃうじゃいるなんて聞いたこともないよ」

「詫びはいい。一人で背負わせて、悪かった」


アレンの珍しく殊勝な態度に、エリックがニヤニヤとし出した。


「あっれれ~?僕のかっちょいい勇姿に嫉妬しちゃった??

 アレンだって、フォトナちゃん守れたんだから、胸張りなよねぇ??」

「ううっるせえよ。それよりこれからどうするんだ」


あはは、とケタケタ笑うエリックに、場が緩んでいくのを感じた。


確定したのは、初めての野宿だ。


「ふふふーん、ご安心あれ、フォトナちゃんに預けた荷物に……


 ………


 ………………あれ」


「「あれ」」


「や、あんね……あーよかった、寝袋はある。うんうん。調味料も。

 あ、杖とー…あっ暇つぶしの本もあるなぁ、よかったよかった」


「……おい」



「僕らの食料、置いてきちゃったみたい」



てへへ、と誤魔化すエリック。


「ま、まぁ仕方ないだろう!咄嗟のことだったし!」


「うんうん!仕方ないよね!」


アレンはグッと飲み込んだ言葉を溜息に変えてから提案した。


「……とにかく休もう。今夜は俺とエリックが交代で見張る。明日、食料を調達するしかないだろう」


「いや私も……」

「え、僕も……」

「お前は叩き起こすからな」


集めた木枝を薪にして小さな火を起こすと、焚火の心地いいぱちぱちとした音が響いた。

ふかふかの枯れ葉もちょうどよく、寝袋に包まった二人はすぐ眠りについた。



朝陽にフォトナが目を覚ますと、頭上には木の葉が揺れ、鳥の鳴く声がする。

森の中……そうだ、野宿したのだった。

焚火は消えている。倒木に腰掛け座り込んだままのアレンに声をかけた。

「アレン、おはよう」

「ああ。眠れたか」

「すまないな、一晩中見張りをさせて…?」

いやいい、とぐうっと伸びをしたアレンからはさすがに疲れが見える。

「何度か起こしたんだがな。ったく」

エリックの方を見ると、寝袋からはみ出てぐうぐうと寝ている。


起きたエリックはしゃきしゃきと元気そうだ。

「まずは、食料調達しないとね!魚を捕るのもいいけど、ちょっと、狩りでもしてみよっか?」

「狩り?」

「ちょっと訓練するのもいいと思うんだよね。二人とも、今の魔力で満足?」

「ぜひ教えられたいぞ!」

無言のアレンも否定しない。ふふふ、と不敵な笑みを浮かべるエリック。

「……その前に、俺は寝るぞ」


寝ているアレンから遠くない限りで、フォトナは川にじゃぶじゃぶと入り、魚を探している。

清らかなせせらぎの中に、確かにいくつか魚影が見える。この川は汚染されていないようだ。

エリックは近くの木を登り、フォトナに川の水面をあちこち指さしている。

「フォトナちゃん、そっちにいそうだよ~」

「ハァ、ハァ、なんか、私だけ働いてないか!?……うわっいた!どりゃ!!」

素手で捕まえようとして、逃げられてしまった。

「水の魚には雷属性で気絶させるといいよぉ。昨日僕がゴブリンにやったみたいに」

「そんな器用なこと……あっ!」

また魚影がある。すぐに捕まえようとせず、フォトナは右手に力を籠めた。

「ええと……雷球を……」

ぼんやりとした光の玉が収縮しないうちに、魚はまた逃げ、フォトナはああ~っと声を上げる。

その様子を、ふむ、とエリックが眺めていた。

「なるほどねぇ……」

「お前、本当に手伝わないな……」


結局、三匹程度釣れたあたりで、縄に縛り元の地点に戻ると、アレンが既に薪拾いをしてくれていた。

「それじゃ、魔力特訓だ。エリック先生と呼んでもらっちゃおうかな?」

「特訓って……」

「まずは、アレン。一番やりやすーいように小さな魔球を出してみてよ」


しぶしぶと言った様子ではあるが、素直にアレンが応じた。

掌に赤く輝く光が出現し、それが球の形にまとまる。


「うんうん、そのままあの木を撃ってみて」


三人からちょうどよく離れた木に、アレンがそれを撃ち込んだ。

どんっという音と共に、木に大きな穴が空く。


「ハイ次、フォトナちゃん」

「えっああ……どの魔球だ?」

「……だよね」


ふーむ、と腕を組んだエリックが顎に親指を当てた。


「………もったいぶってないで、教えろ」


「も~せっかちなんだから。

 まずは、アレンね。力は大きいんだけど、収縮がへたっぴなんだね」

「へたっっ……ぴ………」

「それは体内の気の流れを意識できてないからだよ。

 ま、膨大過ぎて大して意識しなくても集められちゃうんだろうね。

 でもね、ほんとは湧き出てくる気…エネルギーに沿って、方向を自分でコントロールしないといけない」


エリックがアレンの胸から肩、掌までを流れるように指さした。


「こっから、ここを通って、こう。とかね。人によって違うかな??

 こんな感じ~って根っこの流れを意識して、吐き出すの。掌の中に。んで溜めこむ感じ?

 ほんとはさ~色々小難しい理屈とかあんだけど、ま、僕もよくわかってないし」


 だからね、アレンは、『ちっちゃく、別の』がいいと思うよ。

 別の属性のちっちゃい球ばっかり作るといいよ。

 アレンは~~そうだな、水の力から始めるといいかもね?反転させるだけだから。

 その代わり、きゅ~~ってね」


時折ぼんやりとした表現になるエリックは、教えるのが上手いのか下手なのか……

エリックが同様に火の魔球を出現させると、その球はアレンのものより遥かに小さい。

えいっ、とアレンと同じ木を撃つ。

その穴は小さいが―――木を貫通し、向こうから光が差し込んだ。


「そしたらね、こうなんのね。わっかるー?」

「……言いたいことは、わかった」


この数日、アレンは辛抱強さを身に着けているように思える……。

エリックはさして得意げにするでもなく、さて、とくるりとフォトナに振り返った。


「フォトナちゃんはね、なんかね。属性がないんだよね」

「属性が……ない?」

「うん。例えばね」


エリックが掌にもう一度出現させた魔球は、緑色にぼんやりと光っている。


「僕がな~~んにも考えないで出しやすいのは、この魔球。

 木属性ね。治癒や結界に使われてるでしょ?

 そのエネルギーを、使いたい属性に変換させてるの。

 アレンも、火じゃない属性を使う時は同じことをやってるはずだよ。無意識にね」


なるほど―――とフォトナは腑に落ちた。


「もう一度、なーんにも考えずに魔球だけ出してみて。

 『何に使おう』って考えないでね。魔球よ、出ろ~~!ってだけに」


フォトナが掌に集中させる。

出現したのは、白い光。ただし、球の力に変わることなく、そのままぼんやりと白い炎のように波打っている。


「これは……」

「はえ~~、なんだろうね?これ」

「へ、変?なのか?」

「ん~~、じゃあ火をイメージすると、どう?」


すぐに赤い光に変わり、球の形に変化した。アレンのものと同じ程度の大きさだが、輪郭がぼやけており、光も弱弱しい。


「あーーわかった。フォトナちゃんはすっごい速いんだ」

「速い?」

「フォトナちゃんの力を仮に、”無属性”とすると、身体の中でまだくるくるしてるのを無理やり一方向にまとめてる。

 火→水にするのは完全な反転だからエネルギーをくるってすればいいじゃん?

 でも、僕らと違って、わざわざ変換しようとするまでもなく変わっちゃってる。

 分散しちゃうんだけど、それを無理やり出す前の速さでなんとかしてるんだ。

 だから力が集中しなくて、弱っちゃうんだよね~~~本当は集めてからやんないといけないからさ。

 フォトナちゃんも大概ちょっとせっかちさんかもねぇ~~でもそんなの教科書にないしわかんないよねぇ~~~」


お、教え方が、難しいのではないか!?

こんがらがった頭でエリックの言葉を咀嚼しようとしてるフォトナの表情を見てカラカラ笑うエリックが少し小憎たらしい。


「え~フォトナちゃんはね、『ゆっくり、大きく』かな。

 気の流れを意識するのはアレンといっしょ。けど、収縮とかはその先かな。

 まずは、体内の魔力錬成に慣れて、膨らませることを繰り返した方がいいよ。そんなに集中しないで、でも無意識にいっぱいやるの。最初は杖を使うのもアリだよ」


「!!」

フォトナははっと閃いた。


「日常的に何度も同じ動作を使い、痛めつけ、育てる―――

 すなわち、筋トレと同じ―――私に必要なのは、鍛錬!そういうことだな?」

「あはは、そうかもねぇ~~」

「わかったぞ、エリック!!あはははは」


これまでどれだけ指導書を読み込んでも理解できなかったことが腹落ちした時の気持ちよさったら。

フォトナは思わず、小さなエリックを抱きしめた。


「ありがとう、エリック!先生、だな!!」

「ちょちょちょ死ぬよフォトナちゃん!」


二人の騒動をよそに、アレンは先程から何度も水の魔球を撃っていた。

人差し指の先に光る小さな球。撃つ。木の葉を撃つ。また光を宿す。

先ほどとは異なり、遠くの木の葉を揺らす、威力のほとんどない小さな魔球だ。


「あ~~~、あんまり木を倒さないでよう~~?」

「わかってる」

「あと超疲れるからほどほどにねえ」

「……わかってる」


同じ動作を何度も何度も繰り返す。姿勢は動かない。

アレンの額に汗を滲ませた真剣な眼差しが、魔力への執着を示していた。


「まったくもう……ちゃっちゃと狩りをしてもらいたくてだったんだけどなぁ……」

「私が!私がやるぞ、エリック!

 あっ!今ウサギがいなかったか?!私が撃つ!見ていてくれエリック!!」


フォトナが駆け出した。アレンは気にする素振りもない。

二人のストイックさに、やれやれ……と。

今度は小さなエリックが溜息をつく番だった。

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