第46話 森道と秘密



翌日、三人は深い森の道をそれぞれの馬に乗り歩んでいた。食料の入った大きな荷物を両側に下げている。

上等な馬を貸してくれるとのエリックの話は嘘ではなかったらしい。

馬の扱いに慣れていないフォトナでも、従順に付き従ってくれる優しい馬に、フォトナは驚くと共に優しく背を叩いた。


「今日行けるのは、リバサイド拠点のあたりまでだね。多少物資を補給できるはず。

 リバサイドでからエトレンテまでは着くよ」

「そのリバサイド拠点には建物があるのか?」

「うん、簡単な小屋くらいかな。リバサイドを川を渡る前の、エトレンテは都に入る前の、都前の最後の関所って感じ。結界が張られているから魔物に襲われることもないし」

「待て―――魔物が?襲うのか?」


ええっとぅ、と頬を掻くエリックが答えた。


「そりゃあさ、グリニストくらいきっちり整備された国はそんなこともないかもしれないよ?

 でもさ、エルフェイムは元々、人力の及ばない森の国なんだもん。万が一ってことは、そりゃあるよ」


馬をぽくぽくと歩かせるフォトナが周りを見渡した。

陽光の差し込む木々はまだ背が低いが、だんだんとその高さと密集度を上げているように思える。

この中からいつ魔物が襲ってきてもおかしくないということ。フォトナは手綱を持つ手を引き締めた。


「さて、そろそろご飯にしようか」


道が開け、岩場となっているあたりで三人は昼食をとった。

木に馬達を繋ぎ、囲む形で三人が座る。

大荷物の中から取り出した干し肉やパンを各々かじり始める。


「そういえば、アレンが魔力を取り戻したってほんと?ていうか、今までは使えなかったの?」


決して安全とは言えない旅路を行く中で、持つ力はある程度開示しておいた方がいいかもしれない。

そう判断したのか、出し抜けに率直な質問に、思いの外素直にアレンが答えた。


「……ああ。常人並みの魔力を魔具ネックレスで魔力を増幅させていた。

 俺の魔力は、通常五大国の王子が持つとされる魔力には到底及ばないものだった」

「ふぅ~ん、バレないもんなんだねえ。今はもう全部あるの?なんで取り戻せたの?フォトナのおかげ?」


エリックはもぐもぐとパンを頬張りつつ、さして同情する風でもなく、好奇心であろう質問を重ねた。


「全部―――そうだな。魔力は取り戻した。しかしまだうまく扱えない。

 その方法は……」


魔力受伝の儀式は内密にされているだろうと踏んだが、あけすけに話すものでもないのだろうか。

それとも、竜との邂逅などという信じられない現象をどう伝えるか考えているのだろうか。

アレンの表情からはその真意は窺えなかった。


「それよりお前、どうして俺達を呼んだのか詳しく話せよ。

 ばば様っつーのは、国の賢老みたいなものか。フォトナが国の乱れを治める鍵だって?」

「べつにアレンは呼んでなくってぇ……」

「何……」

「わ、私も聞きたいぞ、詳しく!」 


エリックがええと、と質問を整理する。

「まず、ばば様はエルフェイム共和国の賢老だよ。でも、人間側のね」

「人間側?」

「エルフェイム共和国に事実上の王はいるけど、制度上その権力は分散されてるんだ。

 人間と、エルフとにね」

「「エルフ!?」」


同じく声を上げたエリックとフォトナにエリックはきょとんとした。


「あれ、そっか。エルフェイム以外にエルフはいないんだっけ」

「とっくに絶滅した種だと思っていたが……」

「まぁ絶滅危惧種ではあるけどね~。どんどん人口も少なくなってるし」


おほん、とエリックが咳払いすると、珍しく真面目に語り始めた。


「ファルベン連合国におけるエルフェイムの外交を担うのは人間だけ。だからエルフが表舞台に出ることはないよ。


 エルフェイムって平地が少なくてね。限られた土地で街を発展させたのは圧倒的に人間だからね。

 でも、聖樹のほとりだとか、自然の中で大事なところを管理して治めているのはエルフ側なんだ。


 大事っていうのは、ううん……自然信仰とも紐づいてて……うまくいえないけど、国の中での魔力の要所っていうかな。侵したくない領域を守ってくれてるから、人間もあんまりエルフと争いたくはない。

 聖樹や森林と魔力の繋がりはあんまり解明されてないし、まぁ不思議な種族だよ。彼らはなんというか、保守的?すぎて、国を発展させたい人間側とは考えが合わないことも多いんだけど……


 エルフ側も、人間側がエルフェイムの自治権を守ってくれる限りはメリットがあるしね。

 そうやって、国内における統一的な絶対王を置かない共和政が根付いたんだよね~」


「では、お前は人間側の王の子というわけか?」


「へへ、そうだね。ま、王サマになれるかはわかんないんだけどね~」


王子でありながら―――王位継承権がない?

エリックがニヤリと笑い、いたずらっぽい瞳を輝かせた。


「ぼく、いくつに見える?」

「え?十かそこらだろ」

「いやいや、にしてはしっかりしてるよ。十三くらいか?」

「ふっふっふ……実はね」


告げられた年齢はアレンとフォトナの一つ下だった。


「「はぁ!?」」

「うふふふ、ナイショだよ~~ん」

「そ、それは……」

「僕、女神様の加護を受けられなかったらしいよ~魔力授伝の儀で。

 魔力はもらえたんだけどさ、なんか、歳をとらなくなっちゃったんだよね」


水筒に入れた茶をすすりながらこともなげに話している。

どこかで聞いたような話だ。思わずアレンとフォトナは顔を見合わせた。


「エリック、実は……」


二人はイグニスト帝国での出来事を話した。

アレンの魔力を復活させた、不思議な竜との邂逅。

フォトナが何らかの力を持っており、今のところそれが『光の巫女』の力であるとされていること。


ふむふむと聞いていたエリックが、フォトナの力の話になったとき、あ、と声を上げた。


「そっか、だからばば様はフォトナを呼んだんだ。

 セレニアの力がないと、もう限界ってことなんだろうね~」

「そっか、って、信じられるのか?」


「だって……もう目に見える異変が起きちゃってるんだもん」



エリックに急かされた三人がさらに馬を進め、深くなっていく森が開け崖に出たとき、

崖の下にはごうごうと大きな川が流れていた。

遠く左手の橋まで道が続いてる。向かい側に続く道の先に小さな野営地、リバサイドが見えた。


大河は―――土色に染まっている。



「これは……」

「エルフェイム大河。国内で一番大きくて、恵みをもたらす神聖な河だよ。

 本当はすごく……綺麗なんだけどね」


エリックの言葉少なの態度から、森の国エルフェイムにとって深刻な問題であることが窺えた。

河を渡ると、いっそう森が深くなるようだ。


「―――急ごう、エリック。私達にやれることをやるしかない」

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