第3章 木の共和国編
第45話 三人と誤算
古く大きな建物と、飲食店、馬を繋いである小屋が見える。
三人が降り立った広場の前には、大道が南北を走っていた。
これまでいたグリニスト帝国、北の方を見ると、険しい山々が連なっている。
南の方は深い森に塞がれており、先は見えない。
この道を、馬で行くのだろうか?
「待ってて!ちゃっちゃと手続きしてくるから!」
エリックが一番大きい建物―――宿場権、国境の手続きを行う施設なのだろう―――に走り出したのに、二人はぽつりと残された。
フォトナは、おい、と止めるアレンを背に、物珍しさにうろうろし始めた。
無料で開放されているのであろう、巨大な焚火の前で、大きな荷物を背負った旅人らしき二人がぼそぼそと喋っている。
隣でなんとなく暖をとるようにしながら、そっと盗み聞いてみた。
「この調子じゃぁもうエルフェイムの道はダメだな……」
「ああ……噂には聞いてたが、甘かったな」
ひょこりとそこに体育座りして、聞いてみた。
「なあ、エルフェイムに向かえないのか?」
おい!!といよいよフォトナを止めようとするアレンとフォトナをじろりと眺めまわしてから、旅人が訊ねた。
「やけに軽装だが……武者修行といったところか?グリニストから来たんだろう」
「武者修行、はは!ああ、そんなものだ」
「こっから先、エルフェイムへの
行くにはあの森を突っ切るしかない。そんなもん、実質行くなっつーもんだろうが?
ここ最近やたら検問が厳しいとは聞いていたが……ま、お前さんらも早めに引き返すことだな」
言われてみれば、町の規模からするとやたら人通りは少ない。
エリックがぱたぱたと駆け寄ってきた。
旅人にお礼を言ってから、やけにしょんもりしているエリックにどうした?と話を聞く。
「なんかぁ……ちょっとぉ……困ったことになったみたい」
―――
三人は宿場の一室で作戦会議を開いていた。
エリックのごにょごにょした説明を辛抱強く聞き終えたアレンが口を開いた。
「―――で。要するに、俺達はあの森を馬で行かないといけない、そういうわけだな?」
「うう、そうだけどぉ……」
「
不安そうに訊ねるフォトナをよそに、アレンが地図を広げた。
ファルベン王都を中心に、五大国が囲んでいる。
右上から順番に、グリニスト帝国、エルフェイム共和国、アクアヴィスタ公国、オーリア公国、テラスト帝国。フォトナの出身、セレニア自治州も、オーリア公国の向かいにあたる左下に小さな島国として位置している。
自分達がいるのは、東北のグリニスト帝国と、その下にあるエルフェイム共和国の国境だ。
地図で大まかに示されてはいるが、剣俊を背になだらかな田園となっているグリニスト帝国とは逆に、エルフェイムは森が密集している。険しい山がグリニスト帝国の象徴的な姿となっているのと対照的に、エルフェイム共和国のその最奥には特徴的な大樹が描かれている。
その中心に開けた土地があり、これが私達の目指す都―――
―――エルフェイムの中心、エトレンテのようだ。
細い道が続いているが―――これが距離の割に曲がりくねった道であり、できれば通りたくない道だ。
エリックのまどろっこし………遠慮がちな説明を整理すると、
そもそも、ここからエルフェイムの都へは直通の
それが、ここ最近不通となっていると言う。
王子であるエリックに対しても同様に敷かれるとは、よほど強い規制なのだろう。
「大体お前、王都からお付きの者とかいないのか?さすがにその身分で単身ってことはないだろう」
「ん?巻いたよっ!」
太陽のようなニッコリ笑顔を見せるエリックに、二人は肩を落とした。
「それで、どれくらいかかるんだ?」
「うーん……五日ってところかなぁ」
「そんなに……」
「あっでも!二日くらい短縮できる、ちょっといい手があるよ?」
「ちょっと……いい手?」
―――
翌日、三人は巨大な三角の布―――ハンググライダーを身に着け、丘に立っていた。
大道を南下し、森の途切れたところだ。
「おい、これ、本当に正規のルートなんだろうな?」
「あはは、やる人はめったにいないよぉ~!でも二人は飛行魔法無理でしょ?
ほら、いざとなったら僕が魔力制御してあげるから、ね?」
「いざと、なるのかよ!?」
強大な魔力を手にしながらも日の浅いアレンと、そもそも魔力の微弱なフォトナ。
飛行魔法などという最高難易度の魔術を長時間扱うことは、二人にはまだできないのだった。
高い丘だ。エルフェイムの都、その奥にある大樹までうっすらと見える。
丘に立つ三人の眼下には、深い森が塞がっている。左手に伸びる道が、本来のルートなのだろう。
中心地となる先には小さな丘が見え、ここと同じような宿場町が小さく見えた。
その周りはまた、森に囲まれている。奥につれて標高が高くなっていくようだが、グリニストとは異なり、山々は深い森に覆われている。
なるほど。
この深い森は、天然の要塞になっている。この道さえ塞げば、グリニストからのいかなる客人もエルフェイムへは入れないというわけだ。
なるほどなぁ!
正直に言って少し―――かなりわくわくしているフォトナとは真逆に、アレンは先程から苛立ちを隠さない。
三人が身に着けたパラグライダーは、身体をしっかりと革のベルトで支えている。確かに頑丈な作りだ。
風向きを操るのだろう切っ先となる部分は、磨き上げられた魔石でできている。
「許可された人しか使えない、ありがた~い手段なんだよぉ?
「怖いだなんて一言も言ってないだろうが!」
「それじゃあ、行くよぉ?」
装着を手伝ってくれた係員の様子を見ると、明らかに困惑している。
エリックとアレンのような立場の者が使う手段ではないのだろう。
きらきらとしたエリックとフォトナとは対照的なアレンのぶすっとしたしかめっ面もまたおかしくて、フォトナはけらけらと笑った。
「ああ!私は準備万端だ!」
「それじゃあ……ゴー!!」
本当にやるんですか?本当に?という係員達は意を決したように、走り出す勢いを上げて三人を空へ送り出した。
エリックを先頭に、アレンとフォトナが続く形だ。
丘を走り抜け飛び立つと、ものすごい風が顔面に吹き付ける。
飛んでいる!
「わあぁ―――ああっははは!」
「フォトナちゃんー!もう少し左ー!」
空を、飛んでいる!
ゆるやかな速度に思えて、三人の下をものすごい勢いで森が流れていく。
フォトナはぐっと力を込めて、エリックに向け重心を傾ける。
近づきすぎたかと思うと、エリックは器用にフォトナを避けた。
フォトナが慣れるまでもなく、パラグライダーが柔らかに方向を定めてくれている。
陽に照らされた森が美しい。小さく見えた宿場町が徐々に開けてきた。
体感ではあっという間の飛行だった。
エルフェイムの宿場町に三人が降り立つと、すぐさま係員が駆け付け、身体の無事を確認した。
アレンは……遅れてから着地した。見たこともない険しい表情だ。
「こんな……国防もクソもあったもんじゃないだろ……」
「あはは、こんなの狙い撃ちされたらひとたまりもないでしょ、だから許可制なんだよ。
フォトナちゃん、楽しかった?」
「ああ、すっごく、楽しかった!!」
フォトナの満面の笑顔を見て、満足そうにエリックが頷いた。
「さて、これからここに一泊してもらって、設備を整えよう。
いよいよ森の中の旅路が始まるよ」
関所となっている簡素な宿場町。食料も調達できそうだ。
その先には深い森が口を開けていた。
「この道を……往くんだな」
「三日くらいだろう?」
「うん、それくらいかな。進み具合によっては野宿かもねぇ」
こともなげに話すエリックだが、野宿未体験の二人はさすがにごくりと息を飲むのだった。
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