第42話 フォトナと影
王宮に戻り、アレンが治療を受けているしばらくの間、フォトナはそのまま滞在させてもらうことになった。
時にモーリスの小屋で鍛錬―――という名の巻き割り要員―――をしながら、アレンの怪我はすぐによくなった。
元々、レオンの方は手加減していたのだろう。
よく手入れのされた庭園を歩きながら、フォトナは物思いに耽った。
セレニア皇国は、光を司っていた?しかし自分の魔力はあくまで弱弱しい―――五大元素の初歩のようなものだ。
学園の魔術の授業で、エリック王子が莫大な魔力を自在に操っていたことを思い出す。さすがはエルフェイム共和国の王子。
魔力を再び得たアレンもまた、兄に比べれば扱いこそ稚拙だが、戦闘で怒りのままに溢れる力はまさに王族のものだった。
私には、そんな力は、ない。
セレニア出身のフォトナには足元にも及ばない、歴然とした差だ。
五大国が統べるファルベン連合国、その統治にすら入れてもらえない、今はセレニア
皇紀六百年の間で、私達セレニアの民族は、ただの混血―――いわば被差別民族だ。
そこまでしなければならない理由が五大国側にはあり、それを王族であるレオンをはじめとする一部だけが理解している……
アストリアの名前が重い?でも、私にはこれまで、そんな大それた役割も、魔力も、一つも―――
歩きあぐね、いつの間にか庭園の門にたどり着いていたフォトナを、懐かしい声が呼んだ。
「フォトナちゃーん!」
閉じられた門の外の道を見ると小さな少年が駆け寄ってくる。
「……エリック!?」
それはまさに、エリック王子だった。
「どうしてここへ!?」
「はぁはぁ、フォトナちゃん…!」
門越しに、汗だくの笑顔でフォトナに声をかける。
「入れてー」
「一体どうしたんだ、」
くるくるの巻き毛、小さな躯体、愛らしい笑顔。
確かに、エリックだ。
しかしどこか―――様子がおかしい。
エリックは笑顔のまま門をガシャガシャと揺らした。
「入れてー入れてー入れてー入れてー入れてー入れてー入れてー入れてー」
ガシャガシャガシャガシャ!と鉄の門が不穏な音を立てる。
「いや、私が行く」
なんとなく嫌な予感がして、閉じられた門の隣から、フォトナが小さな潜り戸を出た。
「エリック、わざわざ
「フォトナ……」
笑顔でいたエリックの顔が崩れ、静かな真顔に変わった。
いつもの明るく輝く鳶色の瞳が、みるみる紫の瞳に変わっていく。
魔力を帯びた―――邪悪な輝きに満ちた。
「……さま」
とっさに退いたフォトナの両腕を、エリックが恐ろしい力で掴んだ。
「フォトナ様」
この吐息交じりの高貴な声、慎ましくも親愛を感じる呼び方……
忘れもしない、フォトナは咄嗟に思い至った。
「シエラ、か!?」
エリックを模したシエラが上品に口角を上げ、見慣れた微笑みを見せた。
「お久しゅうございます、フォトナ様」
「シエラ、なのか、どうして―――今どこにいるんだ!?お前は、何者なんだ!?」
「時間がございませぬ。今日は、これだけ」
あまりの驚きに言葉を失ったフォトナを締め上げる両腕の力がゆっくりと解かれ、優しい両手に変わる。
エリックの姿が背伸びし、フォトナにそっと身を寄せた。
「フォトナ様。アクアヴィスタに、おいでませ」
耳元でそれだけ告げると、元の穏やかな表情に戻ったエリックは気を失い倒れこんだ。
フォトナは慌てて抱きかかえる。
「フォトナ―――!!!」
今度は庭園の方から叫び声がした。王宮からアレンがものすごい勢いで駆けてくる。
「お前大丈夫か…おい、これは……エリックか!?」
「あ、ああ……しかし……お前もう体は大丈夫なのか?」
「とっくに元通りだ。それより、今のは。クソッ、油断した!!」
今起きたことを話すと、アレンの表情が険しくなった。
あれは絶対に、シエラだった―――話し終えた、その時だ。
「……フォトナ、ちゃん」
気がついたエリックがフォトナの腕の中でそっと長いまつ毛を揺らし、目を開いた。
元の穏やかな寝顔に、鳶色の瞳が陽光を反射している。
いつもの、エリックだ。
「大丈夫か、エリック!?」
「おいバカ心配している場合か、離れろ!」
アレンがエリックからフォトナの身を離す。
急に地面に投げ出されたエリックがいてて……と腕をさすった。
「なんだよう……なんか、フォトナちゃんを見た瞬間、急に……」
「貴様、何しにきた。
すぐにハッとしたエリックが、フォトナに言った。
「そうだ、フォトナちゃん。エルフェイムが大変なんだ。
フォトナちゃんに来てほしい。ってか、今すぐ来てよ!」
―――エルフェイム公国に?私が?
事態が呑み込めないまま、フォトナとアレンは顔を見合わせた。
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