第41話 フォトナと兄



どれくらいの間そうしていただろうか。

ぼろぼろになった岩壁のほかは何事もなかったかのように静かな岩山に風が吹いた。

フォトナが簡単な治癒魔法でアレンを癒しているが、当のアレンはぐったりと寝入っている。

岩山の下を豊かな森が囲い、その下には美しいグリニスト領の田園風景の緑が揺れている。

佇んでいたレオンがようやく重い口を開いた。


「魔力の出しすぎだ。莫大な魔力頼みで無暗に放出するんじゃなく、収斂させ磨き上げろ。

 本当の戦闘でこんなザマになっては使い物にならない。

 よく言い聞かせておくことだな。最後まで生き切らなければ意味がないと」


「直接……おっしゃればいいではないですか」


「こいつとはではないのか」


「は!?」


ふ、と笑ったレオンは、初めて見せる兄の横顔をしていた。


「あ、アレンは………大切な友達です。少なくとも私は、そのつもりです」

「まぁ、よい。俺の言うことに今更、耳を貸さんだろう。任せる」

「そんなことは……」


「フォトナ・アストリアだったな」

「はい」

「貴様の祖国セレニアは、ファルベンを統べていた。

 光を司る セレニア皇国と、囲む五大国。

 それが皇紀前の姿だ。

 大国にとって都合の悪い、貴様らの地位は歴史と共に抹消されている。その深淵は、正史にはない」


ざああっと風が吹き、表情の見えないアレンの長い髪を揺らした。

息を飲んだフォトナに構わず、レオンは続けた。


「アストリアの名は、貴様が思う以上に重い。相手によっては、な。気安く名乗るな」

「私が」

「竜と過去を見たのだろ」


淡々と話すレオンからは、謀りも嘲りも感じられない。


貴様ではあてにならない。

 手に負えることでもない。今ならまだ引き返すのも一つの手だ。

 少なくともグリニストが味方になる類のものではない。


 そもそも、世界に、貴様らの味方などいない」


「私は……私は」


「それでも進むのなら、ここから先は貴様の意志だ。

 止めはせん。後押しもせん。

 覚悟はあるのか?貴様に。


 セレニア再興の道の途を、世界を敵にして進み、

 アレンを道連れにして死んだとて、本望だと申せるか。

 その腕に今度は惨い亡骸を手にして、これもまたやむなしと。

 そう切り捨てられる、そこに不退転の覚悟はあるのか」


いまフォトナの腕に眠り治癒の光に包まれるアレンは、すぅすぅとのんきな寝息を立てている。

見慣れた冷笑でも挑発でもない。

母譲りの深い眼差しに父譲りの威厳を光らせた、強い視線―――

―――アレンによく似た美しい緋色の瞳にまっすぐと見つめられ、それでも、フォトナは目を逸らさなかった。


「……なんてな。ま、考えておくことだ。

 私に言えるのはここまでだ、セレニアの巫女よ」


「レオン様、私は―――」


「アレン様、レオン様~~~!!!」


遠くからわんっわんっという鳴き声と、モーリスの声が聞こえてくる。

モーリスは手に救護箱を持ち、アレックスには犬ぞりを曳かせている。

先にアレックスがレオンにたどり着くも、ちゃんと飛びつくことはせず、周りをくるくると回っている。

レオンが手で合図すると、ピシッ!!と近衛兵さながらの美しいおすわりを見せた。


「ああ、ああ~~!なんというお姿、だあからああ、も、あ―――!!!」


嘆きながらモーリスが手をかざすと、フォトナの出していたたどたどしい治癒の光の力が爆増した。


「レオン様、やりすぎですぞ!……レオン様も、ああーっ!!お顔に傷が!!」


「こんなの、かすり傷でもない。貴様の鍛錬が足りないからだぞ、モーリス」


「それでは、それではアレン様は…………」


「ああ。魔力を取り戻した」


アレン様、アレン様――――――

モーリスがおよよとアレンを抱きしめ、よかった、よかったとぽろぽろ涙をこぼした。

眠りながら強烈な抱擁を受けたアレンがうなされるように呻き声を上げている。


「これからだぞ、モーリス。貴様の鍛え方次第では水泡だ」


「ええ、ええ。これから、これからですとも、レオン様。

 このモーリス、見くびってもらっては困ります」


「セレニアの」


急に呼ばれて、フォトナははいと答える間もなかった。


「貴様らの見つけたあの本、あれは我々に渡してもらうぞ」


「それは―――」


「こいつに聞いてから、か?ふん」


「いえ、構いません。

 ただし、判明したすべての情報をアレンに渡すこと。それが条件です」


「よかろう」


ほえ、と拍子抜けの子を出すフォトナを無視してレオンは続けた。

柔らかにアレックスの背を撫でる手を止めない。


「確かに、承った。

 こいつは今後、正式に魔力復活の認めを得て、王位継承権を戻す。

 さすれば情報の一つや二つ、当然に手に入ろう。

 構わんな?」


ぽかんとするフォトナに、ふ、とまた得体のしれない笑みを浮かべてレオンは立ち上がり、煤のついたマントを翻した。


「帰るぞ、モーリス。運んでやれ」


「は、はは―――!!」


わん!わん!とそりにアレンを載せてもらい、アレックスは散歩に連れ出されたかのように大はしゃぎしている。

一行は下山し、試しの場を後にした。



洞窟の奥では、宝珠が再び長い眠りにつくように、その輝きを潜めていた。

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