第37話 宝珠と記憶
気が付くと二人は、古城の中にいた。
しかし、見覚えのある古城とは全く異なる。
温かい灯に、豪華な家具が輝いている。
「王妃様ー!動いてはなりませぬぞ!」
「あはは、だってアレンが」
きゃっきゃとはしゃいでいる赤子。かっ……かわいい。
そして、それを抱く王妃。
「ねえ見てレオン、アレンが嬉しそうよ」
「うん……かわいい。母様」
笑顔に包まれ、幸福感の満ちる部屋。
あの、絵画で見た王妃だ。
絵よりもずっと美しく、生気に満ちている。
燃えるような赤髪は結わえられ、二人の息子を見つめる優しい瞳からは慈愛が溢れるようだ。
アレン……?
フォトナは思わず隣のアレンを見た。目を見開いてこの空間を見つめている。
我々二人は見えていないようだ。これは、記憶の中の世界?
―――
次の瞬間、ぐるりと世界が一変した。古城の玄関だ。
「ににさま、まってぇ」
「あはは、遅いぞアレン!」
「わんっ わんっ!」
廊下を小さな兄弟が駆けていき、まだ子犬のアレックスが追い越していく。
「もう、廊下は走っちゃいけないったら!」
王妃が笑顔で窘めている。
「おい、身体はもういいのか」
そこに壮健な男性が歩み寄った。
髭は少ないが……若かりしヴァツラフ王だ。すでに威厳が満ちている。
「ええ、陛下。二人もあの通りですことよ」
「元気なのは構わんがな……そのうち鍛錬も積ませなければ。
特に……レオンの方はな」
「うふふ、お気の早いこと」
二人を見つめる、夫婦。その景色は愛に満ちていた。
(こんな時代も、あったのだな)
アレンがぽつりと呟いた。
―――
また、世界が一変する。
今度は打って変わって、洋室に面した暗い廊下だ。
二人はドアの外から、中をそっと窺っている……小さなアレンの横に立つ形だった。
明かりと声が漏れ聞こえてくる。
「あなた、レオンに厳しすぎます!」
「女が、指図か?図に乗るな!」
バンッとテーブルを叩く音が響く。
「レオンの魔力はアレンより乏しい。それを補うには鍛錬しかないだろう」
「それにしても、休みなしにずっと剣術と魔力の修行漬け……あの歳の子にさせていいことではありません!」
「やはり前妻との結婚は間違いだった。お前の膨大な魔力を受け継ぐのはアレンのみ。
王位を継ぐ者どもの定めだ。お前が口を出すことではない!」
「それでも……」
「前の妻は口を慎んだものだがな」
たった5歳程度にしか見えない小さなアレンが、廊下で立ち竦んでいる。
自分のせいで両親が喧嘩している姿を、ただ黙って聞き入る子供。
フォトナは胸が痛み、呟いた。
(アレン、これは……)
(……この光景は覚えている。でも、話の内容は
またぐるりと世界が変わる。
すごい勢いで展開される世界と情報量にフォトナは頭が混乱した。
今度は子供部屋だ。
床に寝転んで絵を描くアレンを王妃が見守っている。
「あっ、ににさま、見てぇ!」
「アレン、兄様は今修行から帰ったばかりだから……」
「いっしょ、遊ばないの……?」
アレンの描いた絵をレオンがぐしゃりと踏み、叫んだ。
「うるさい!」
「レオン!」
「いい気なもんだな……遊んでりゃいいんだから!」
母が呼ぶ声を背に、レオンはドアから飛び出していった。
「ううっ、ににさまとあそぶ……」
「アレン……」
「かか様……?」
王妃はぎゅっと泣きそうなアレンを抱きしめ、頭を撫でた。
「いい子、アレン。いい子だからね……」
ドアの外から、飛び出したはずのレオンがその二人をじっと見つめているのに、二人は気づかないようだった。
(…………)
今のアレンは手を握り締めて立ったままだ。
―――
また、世界が変わった。
寝室だ。王妃が臥せっている。
枕元にスープを運んできたのは、また大分成長したアレンだ。十歳前だろうか。
「母様……」
「ああ、ありがとう、アレン」
先ほど見た時よりも痩せているが、生気はまだあるようだ。
「お医者様特製のスープだよ、きっとよくなるよ」
「ええ……」
廊下から話し声が聞こえたように思い、二人は顔を見合わせてそちらに進んだ。
そこにいたのはレオンと―――ライザックだ。
まだ若いが、すでにでっぷりとした脂肪がつき始めている。
今より少し痩せている分、野心の漲るギラギラとした目が目立った。
「ぼっちゃま、母上は申し上げた通り過ごされておられますかな?」
「はい。医者のスープと薬は欠かさず飲んでいます」
「ほっほ、それはいい。きっとよくなりましょう」
「しかし、最近ちっとも……」
「長い目で見ることですよ、ぼっちゃま。ながーい目でね」
早くもつき始めている脂肪をほっほっほと揺らせながらライザックが立ち去った。
(……!)
別れた後のレオンがそっと後をつけたのに伴い、フォトナとアレンも続いた。
外に出て、建物の隠れたところにライザックが誰かと話している。
「ほほ、いい仕事ぶりじゃないか。今回の分だ」
「しかし、このような……このようなことはもう」
背の高いインテリそうな眼鏡をかけた男が、首を振っている。
ライザックがじゃら、と金貨の鳴る音がする袋を押し付けた。
「医者の言うことを誰が疑う?それとも、もう故郷のご母堂は達者になられたかな?」
「それは………」
今回、今回に限りますよとぼそぼそ告げて立ち去った。
「ほっほっほ。なんとたやすい」
ライザックは気づいていなかった。
震えるレオンが物陰からそのやりとりを見つめていたことに。
(そんな……こいつ……こんな……知って……!)
(アレン、落ち着け―――)
―――
次の世界を見たくない気持ちでぎゅっと目を閉じたフォトナだが、やはり暗転した。
また、寝室だ。
横たわる王妃に生気はない。ぐっと瘦せこけてしまい、老けて見える。
「アレン―――」
横に立っているのは、アレンとモーリス、アレックスも行儀よくすわている。
「レオンは……?」
「……今日も、修行で顔は見せないそうです」
「…………そう」
ゴホゴホと酷い咳をしながら身を起こそうとする王妃を、アレンとモーリスが慌てて止めた。
「!王妃様、いけません」
「いい、いいわ、アレン。
あの子は本当は優しい子。二人できっと、支えあうのよ」
ペンダントをその幼い手に握りしめさせると、
「これはあなたの力をきっと守ります。力だけがすべてじゃないわ。
あなたは本当はとても強い子。どうか、忘れないで。前を向き続けなさいね」
「母様」
「モーリス、伝えたいことがあります。アレン、席を外しなさい」
「母様……」
アレンが部屋を出ると、王妃はじっとモーリスを見つめた。
「モーリス、どうか、見守ってください。
本当のことを知った時、あの子達が傷つかないように。それと―――」
(……ッ)
(アレン!)
部屋を飛び出した今のアレンに続いて、フォトナも部屋を後にした。
レオンが廊下にいる。入りたくても入れない、といった様子だ。
幼いアレンは兄に気づいたが、無視して隣をすり抜けようとした。
「……お前のせいだからな」
「?」
「叔父上が言っていた。お前のへんに強い魔力が母様の生気を奪ったんだ」
「ぼくの…せい」
「お前のせいで、俺は修行漬けだ。お前のせいで、父上と母上が喧嘩する。
お前の魔力が悪いんだ。
お前が、皆を、不幸にする!」
愕然とする幼いレオンを後に、言い放ったレオンが駆け抜けた。
今のアレンとフォトナもそれを追う。
はあはあと走るレオンに向こうから歩いてきたのは、ライザックだ。
「ぼっちゃま」
いつも通りの笑顔でライザックが歩み寄ると、ハッとして顔を上げた。
「…………叔父上……」
「わかっておりますね、ええ、賢いぼっちゃまはすべてわかっておりますとも。ええ」
にこにことレオンの頭を撫でる。
「それとも……」
ライザックは屈みこみレオンと目線を揃えると、奥が冷たく光る恐ろしい視線をレオンに向けた。
「何か言いたいことがおありかな? ん?」
「いいえ……いいえ」
ゆっくりと頭を撫でると、再びよっこいしょと立ち上がった。
「さすが、次の王ともなられるお方は賢明であられる。期待していますよ。ほっほ」
(もういい……もう、いい)
――――
二人は気づくと、また真っ暗闇にいた。
洞窟の中だ。現代に戻ったらしい。
「…………もういい」
アレンが呟き続けた。
「もういいもういい…もういい。もういい」
「アレン」
「この後、俺は儀式に落ちて、ご覧のザマさ。
そうだ…そうだ。俺は……そう。ああやって……自分を憎んだ…………」
その時再び、さらに強い光が辺りを包み、二人は目を閉じた。
次の瞬間二人がいたのは―――古城ではない―――
――――――山だ。
岩山で、二人は手を握り合い立っていた。
足元が崩れそうで、慌てて身を持ち直す。
ゴゴゴ、と後ろから噴煙が上がった。
火山の噴火口のすぐふもとに二人は立っていた。
熱―――くない!?
そのとき、轟音が鳴り何か巨大なものが上空から近づいてくる音がした。
ゴオオオオオオオ――――――
すぐ上空に火炎が吹き上がる。
そして巨大な何かが恐ろしい風を巻き起こしながら二人の前にその巨体を現した。
竜だ。
紅蓮の鱗に身を覆っている。
そして、顔面をそのまま二人に向けた。
大きく二つの目玉がぎょろりと剥かれる。
竜の
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