第36話 洞窟と宝珠
翌日、二人は再び山を上っていた。
しかし、前回の古城もモーリスの小屋のあたりも通り過ぎた標高の、さらに道のり険しい岩山だ。
朝に急いでモーリスのところに寄ってから、ここに向かったのだった。
―――
モーリスに仮説をぶつけたのはアレンだった。
「……さよう。確かに、魔力授伝の儀は、昔のものと異なります」
フォトナが驚いて訊き返した。
「??今は違うのか?」
「ああ。
俺の時はすでにそうだったが―――地下の祭殿で、火の輪を潜るんだよ。
大きな縄を円の形に組んで燃やしたやつをな。ガキにやる度胸試しみたいなもんだと思っていた」
「そう―――その形となったのはあくまで先々代からのことにございます。
元々は、別の場所で行われる、より宗教色の強い儀式でございました」
聞くところによると、このモーリスの小屋や古城のある山の奥を上り続けると、
今は人が立ち入ることもない、岩でできた平地があるのだという。
そのさらに奥、聳え立つ山壁に、今は巨大な岩で穴を塞がれた洞窟がある。
昔は、その洞窟の奥で、代々の儀式が行われていたとのことだった。
「そういや、昔その辺まで行ってしこたま怒られたな」
「岩山も岩山、子供が行くには危険すぎますからのう!
今は噴火も少なくなりましたが、活火山と聞いておりますぞ」
黙って話を聞いていたフォトナがハッとして問い返した。
「活火山?」
「ええ。近年は大規模な噴火こそ起きとりませんものの、時折噴煙を上げるのを見るものもあります。
まだ地下には溶岩が流れているんでしょうな。危険なところでございますよ」
フォトナが見やると、アレンも得心が行く顔をして頷いた。
「決まりだな」
―――
ここに来て随分と鍛えられたフォトナだったが、それでも、ふうふうと肩を息をして岩山を上っている。
これまでよりも、さらに険しい。周りの植生もどんどん薄れてきている。
フォトナはおーいと先を行くアレンに声をかけた。
「お前、それ、要るん、だった、か?」
「ああ、さすがに、丸腰じゃ、な!」
アレンは出発前、腰に剣を携えて王宮を後にしたのだった。
人里から完全に離れたところに向かう以上、襲撃者からいつ襲われてもおかしくない。
……という考えらしかったが、フォトナには無用の長物に思えた。
その分重いだろうに、ここ数日なんら危険はないし、そこまで警戒させるのは自分のせいであるし……
フォトナは申し訳ない気持ちでガチャガチャと揺られる剣を見つめた。
「さあ、ようやく、ここだろうな」
一つの峰を上りきると、視界が一気に開けた。周りをぐるりと峰に囲まれ、奥側にさらにもう一山見える。
まるで自然に作られた広場のようだ。
奥の山に進むと、大人が二人は手を広げて入れそうな穴―――を無理やり塞いだ大岩があった。
手前には、頂点がゆるやかに二重のカーブになっている、アーチ状の石の柱が組まれている。
「こんなん、昔あったかな……」「鳥居みたいだな」「トリ?」
二人はそれを潜ると大岩に歩み寄った。
フォトナがフンッと岩に手をついた。当然びくともしない。
「ちょっと……俺がやってみる」
アレンは首飾りを外してしっかりと握りしめ、そのまま岩に手をついた。
「…………」
アレンが魔力を込めて念じたのだろう。
岩に手をついたアレンの手が光ったと思いきや、ミシミシと岩が音を立て、次の瞬間には崩れ去った。
二人は飛び退ってから顔を見合わせた。
「変なこと言うけどさ、なんか……導かれてる、というか」
「ああ。正直不気味だな」
暗い洞窟がぽっかりと口を開けている。進むにはあまりにも足元が見えない。
「お前、光の巫女とやらじゃないのか?なんか明かりでも出せよ」
「うるさいなそんな便利なもんじゃ……おお!」
「……ったく」
アレンが用意してあった二人分の松明に火をつけ、二人は洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟の中はどこかひんやりとしていて、思ったよりも奥に続いているようだ。
ぴちょん…ぴちょん……とどこかから水滴の落ちる音が聞こえてくる。
二人は最初こそびくびくとしていたが、歩くうちに暗い足元にも慣れてきた。
時折、躓くフォトナの手をアレンがとってくれる。洞窟の終点は思ったより早く訪れた。
「―――これが、儀式の場」
大きくくり抜かれたような洞窟の壁、その手前に大きな丸い球―――
―――宝珠が、台座に載せられていた。
「式典で見たやつそっくりだな……」
「ああ、……ドリニストにもこんなのがあったんだな」
透明な宝珠の中には、魔力を示す―――赤い不思議な光がゆらゆらと渦巻いている。
「……で、こっからどうすんだ?」
「それも……ちょっと考えがあってな」
フォトナは、ここに
二人の衛兵が、詠唱の声を重ねることにより、より強い魔力を扱うことができる。
それと同じことをするのではないかということ。
そして……
「私の国に伝わる、まぁちょっと根拠薄の、セレニアにまつわる童歌があったと言っただろう?」
「それが関係あるのか?」
「わからない……わからないが、おかしかったら言ってくれよ」
フォトナがその歌を詠むと、不可解そうに眉をしかめつつアレンは頷いた。
「……確かに、今やるしかなさそうな呪文だな。ちょっと、ガキの歌にしても不気味な感じだ」
「だろう!?」
「なあ、そういえば本の文字の時も思った。
あれ、お前なんで読めたんだ?セレニアの言葉か?そういうのがこっそり教えられてんのか?」
「いや、国の言葉じゃない、たぶんあれは昔の言語だ。
なんつーか……なんだろうな。歩き始めた時のことは覚えてないけど、私達は歩けるだろ?そんな感じだ」
「うん?」
「可笑しいかもしれないが……
「ほう……じゃあ、その呪文も、血に刻まれてるってわけか?」
「……そんな大層なもんじゃないかもしれない。ま、ものは試しだ」
二人はなんとなく両手を繋いで円を組んだ。アレンは首飾りのペンダントを手に握っている。
宝珠の前で、詠唱を始めた。
光 光 遍く光
闇に隠れし 月あらんとも
変わらぬ御心 示しませ
炎 炎 轟く炎
いみじく清め 宣らばとも
たゆまぬ誠 御覧ませ
畏く 女神の御前
我ら己が身 奉り
古の誓い 交わりて
今思し召し 賜らん
………………………
……何も起こらない。
「………なあ、この歌ってさ、俺ら身を捧げちゃってないか?」
「おい、―――見ろ!」
突如、宝珠の中の揺らぎが燃え上がるような炎に変わり、辺りを光が照らした。
「「うわっ!?!?」」
暗闇に慣れた二人の目は真っ白な光に包まれ、
そのまま――――――二人は何も見えなくなった。
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