第34話 王子と寝室

寝室では、ドレスを着たままベッドに身を放り投げたフォトナがようやく息をついていた。

つ、疲れた―――――――――

兄弟ってあそこまで仲悪いものか……知らんが………

咄嗟に言い返しちゃったけど……よくなかっただろうか…………

いやでも、言うべきことを言うべきタイミングはある……あるよな!?


頭を抱えるフォトナに、コンコンとノックオンが耳に入った。

「開けるぞ」

以前と変わらない声がした。アレンだ。

歩み寄ると、盆にパンとマグカップ、グラスを載せている。紅茶のいい香りが漂ってくる。

「わざわざ持ってきてくれたのか?」

「ろくに食えなかっただろ」

そう無愛想に言いながら盆をテーブルに載せ、ソファに腰を下ろした。あ、ここで食べるんだ?

「……要らなかったか?」

「いや、ありがとう!」

確かに、せっかくのごちそうがあまり喉を通らなかったフォトナはありがたく頂戴することにした。


フォトナが紅茶を啜っていると、アレンがくくくと笑い出した。

「にしても、傑作だったな。あの、兄上の顔!」

「いや、私も思わず……ってお前、酒なんか飲んでいいのかよ」

「ふん、誰が咎める?イグニストうちのワインは美味いぞ。要るか」

「いや、いい。……言い過ぎだったかな」

「今更お前が何を言う!」

もはや笑いを隠さなくなったアレンがワインを啜り、アハハと笑った。


「兄上はな、ライザック王アイツの言いなりなんだ。

 王妃母上が亡くなってからとんとん拍子に話が進んで。

 あはは、悪くなかったな!」

「……ライザック王とは、その…?」

「したたかな奴さ。、政治力だけでのし上がった。

 悪かったな、嫌な思いをさせて」

「そんなことは……。

 ……私は、この髪だしな。容姿で何か言われるのは仕方ないさ」


セレニア出身のフォトナもまた、元々魔力はない。

フォトナの長い漆黒の髪は、五原色の何にも染まらない魔力の証。

思い出したのか、アレンが愉快そうな顔を引っ込めて、フォトナに聞いた。


「……なあ、セレニアは魔力がないという通説はお前で覆らんのか」

「私で?」

「セレニア国は、混血が進んだ、魔力を持たない者達が追いやられた島国。

 実際、そういう教育を受けているだろ。俺達は」

「ああ。その扱いはこの身で痛感しているさ」

「でもお前が、理屈はわからないが魔力を手に入れることになった。

 じゃあ、まったくもって一欠片も、セレニアの人間が魔力を得られないわけじゃない。

 そんな風に―――差別を、受けずとも済む未来もあり得るんじゃないか?」


アレンは随分、変わったな。フォトナは温かい気持ちに包まれた。

こうして、私や国のことをまっすぐに考えてくれている。

フォトナは窓辺に歩み寄った。出窓に腰を下ろす。

カーテンを引くと、王宮の明かりに照らされて、美しく手入れされた庭園が見下ろせる。


「アレン、ありがとう」


フォトナはアレンに微笑んだ。


「でも、私はね。境遇を受け入れているんだよ。

 そりゃ全部じゃないさ。でも全部反発してるわけでもない。

 連合国にとって、特に、君ら五国の王族にとって、私がに映るのも仕方ない。

 それでも、私がこれから切り開く未来によっては、良い方に転ぶこともあり得るだろう?

 そうだな、それこそ、セレニアが魔力を持ちうることも一つの道かもしれない。

 でもそれは、なんというかな……」


ひとつひとつ言葉を紡ぎながら、フォトナは紅茶を一口啜った。


「……必須、じゃないんだよ。

 ファルベン連合国の均衡を崩さずとも。民に魔力がなくとも。

 愚直にできることはたくさんあるはずだ。すべきことを積み重ねれば。私にも、きっと」

「……」


佇むフォトナの横にアレンもワインを片手に寄り添い、出窓にグラスを置いた。

フォトナはそういえば、と思い出した。

「このドレスな、ありがとう。

 パーティーの時のドレスは……悪かった。私の不注意で」

「いや……お前のせいじゃなかっただろうが」

「私には分不相応だったな。このドレスも、借りてしまって申し訳ない」

「いや……似合っている」

「あ……いやその、私には少し丈が短かったかもしれないがな!ははは」


見つめられて、胸元の開いたドレスが急に恥ずかしくなってきた。

フォトナの豊かな黒髪は結んでいた跡でふんわりとカーブして垂らされている。


アレンはまたワインをくぴりとやった。ほんのり顔が赤らんでいる。

その手が下ろされたフォトナの髪をそっとすくった。


「綺麗なのにな。その髪も」

「―――!?」


こそばゆさに耐え切れなくなったフォトナは立ち上がり、バッと窓を開いて、手からグラスを奪った。

「酒はそこまでだ、アレン!筋肉に悪いぞ!」

ひんやりした夜風が、上気した二人の顔に心地よく吹き込んだ。


「水を持ってくる。そこで待っていろ!」


パタパタと部屋を出たフォトナは、手の甲で必死に頬を冷やした。



な、なんか今の、今の雰囲気は―――

なんだ―――!?




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