第31話 書斎と手紙


腕力で破壊されることを想定していない繊細な作りの引き出しが、無残な姿となり果てていた。


「……へへ」

「へへ………じゃ、ねえ!!」


散乱した紙、ペン、インク瓶、ペーパーナイフ、封蝋………

恐らく、二重底になっていたのだろう。

隠されていたのは……手紙だ。

手紙は優美な筆記体できちんと封筒に入れられている。


表紙に書かれた文字をアレンが読み上げた。


「『あなたへ』?」


丁寧に封筒を裂き、中の便箋を取り出す。

じっと目を凝らすアレンを、フォトナが突いた。

「おい、さすがに読めよ、おい」

モーリスは慎ましく下がりながらも、好奇心を抑えられない目を向けている。

やれやれ、とアレンが読み上げた。



『あなたへ


 あなたが断じた者ならば、今すぐここを焼きなさい。

 ここは過去を守る墓場。あなたの益にはなりません。


 あなたが惑った者ならば、月を掴むのをやめなさい。

 力は弱き者にこそ。地下へ進んではなりません。


 あなたが失った者ならば、月の巫女に訊きなさい。

 歴史を濡らし廻る炎。己を焼いてはなりません。


 あなたが愛する者ならば、見上げる星に祈りなさい。

 ここはあなたの往くところ。私はずっとそこにいる』




ぽかんとしている三人、とモーリスに撫でられている一匹がアレンを見つめた。

フォトナはおもむろに古びたカーテンを開き、舞い立った埃にくしゃみしながら、窓を開けた。さっと爽やかな外気が流れ込んだ。

明るい陽光が部屋に差し込み、先程までの不気味さが霧消する。外の木立に鳥が鳴く声が聞こえ、穏やかな森の中に思える。部屋の紙類が捲られる程の風もない。


「おい―――」

「ふぉっふぉ、たまには換気も必要ですな」


さっき自分がぶちまけたものの中に、黒いインクの入った瓶があった。

フォトナはそれを手に取り、じっと目を凝らす。

振り向きもしないまま、瓶を手に再び窓辺に歩み寄り、アレンに声をかけた。


「貴様、今度こそ割ったら……」

「なあ、ちょっと来てくれ」


フォトナは再び窓辺に歩み寄ると、インク瓶を陽光に透かした。


「これ……」


光に透かすといやに精緻な作りをしている瓶の中、液体が揺らいだ。



「血じゃないか?」






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