第30話 古城と犬
翌朝、朝の鍛錬―――という名の薪割り―――を三人で積んでから、一行は古城に到着した。
これだけ使われていない古城であっても、モーリスが手入れを欠かすことはなかったのだろう。
年季の入り方にしては汚れていない正面玄関の前で鍵を開けると、ギイッと扉が開いた。アレックスに外の庭園で「お座り、待て」をすると、賢い犬は素直にわん!と待ちの姿勢となった。
玄関から入り、モーリスが左手にランタンを、右手にかがり火を持ち、順々にろうそくを点けていくと、ぼうっと室内が浮かび上がる。
玄関から続く広間、客室……豪奢な家具や絵画はそのままになっている。随分豪華な作りだ。
「街の近くに宮殿を築かれましたのは、最近のことでございます。
それからこそ、火が消えたようにこちらは廃墟同然になってしまいましたものの……
昔は、それはもう賑やかな日々でございました」
遠い日々を見つめるようにモーリスの目が細まった。
「王族皆様の仲もよく、笑い声も響いて……」
はた、と口を止め、モーリスが探索の手を再開した。
「ふぉっ、いけない。書斎でございましたね」
客室を通り抜け、廊下を歩く。ろうそくに火をつけると次々と空間が浮かび上がった。
廊下にはいくつもの絵画がかけられている。
書斎に最も近い、ぼうっと浮かび上がる絵画に、美しい王妃が幼子を抱える絵画があった。
「これは……」
燃え上がる緋色の髪、桃色の頬がかわいらしい、くりくりの赤毛の子供。
顔を逸らすアレンに、フォトナは問いかけはしなかった。
「こちらが書斎にございます」
最奥の扉をモーリスが開いた。
ろうそくを灯す。
四面を本棚に囲まれた、立派な書斎だった。さすがに埃の匂いが充満しているが。
正直、不気味な城全体の中でもさらに雰囲気のある古い書斎だ。
絶対に一人では、来たくない―――。
口を結ぶフォトナをよそに、モーリスはいくつも並ぶ本棚、さらにその一番下の……
「ええと、これじゃないこれじゃない……おお、あったあった」
モーリスがアレンに、埃を払いながら一冊の古い本を渡した。
「こちらです。生前の王妃様より申し伝えられておりました」
「なんと?」
「『時が来れば渡すように』と」
ものものしく渡されたのは、茶色い背表紙の、重たい本。タイトルは、ない。
これは―――
「………歴史書か?」
ランタンで二人が覗き込む。
「ああ。別に……歴史学で習った通りの大陸史だな……」
フォトナとアレンは顔を見合わせた。
「それと……ほい、ほい……あれ」
机のいかにも"それっぽい"鍵付きの引き出しにいくつか鍵を当てはめてみるが、どれも開かないようだ。
「ん?あれ……あれ」
「じいや、貸せ。俺がやる。……あれ」
結局、引き出しは開かないままだった。
むむ……と丁寧に歴史書を読んでいたフォトナだったが、二人が四苦八苦していることに気が付くと、そちらに近づいた。
「この引き出しか?……開かないな」
「おい、死んでも壊すなよ筋肉猿」
「ははは乙女に何をおっしゃる………」
薄暗い部屋で三人が四苦八苦している。
その時だった。
わんっ!!
書斎の入り口で、アレックスが吠えた。
「わっ」
「ふぉっ」
「うわああああああ!!!!」
バキィ!!!!!
叫んだフォトナの腕が最大威力を発揮し、破壊された引き出しから中身がすべてぶちまけられた。
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