第23話 裏庭と友情
大変な一日だった。さすがに疲れ切ったフォトナが王宮から帰り学園内の女子寮への道を歩く。
イグニスト帝国に向かわねばならないことは確かだが、本当に自分でよかったのだろうか。
いや、選択の余地はなかった。自分ならば、そうする。混乱の中でも、そういう道を選び続けるほかはないはずだ。
俯いて歩くフォトナの前に、夕陽に照らされた影が立ちふさがった。
「おかえり、フォトナちゃん」
顔を上げると、そこにいたのはラピス王子だった。
裏庭のベンチに二人は腰掛けた。
「もう……大丈夫なのか?」
「ああ。無事潔白の身さ。僕を疑う道理はないと、シュレーマンも随分頑張ってくれた」
シュレーマン教授があのいけ好かない行政官達を理詰めで圧倒する姿を想像して、少し可笑しかった。
この人と話すのは、夕焼けと共にあることが多い気がする。
小さな池の水面に茜色がきらきら反射して揺らいでいる。
お互い言葉少なに、淡々と近況報告を済ませた。
「そうか……行くんだね。無事を祈るよ」
さぞ大変だっただろうに、フォトナを気遣う優しい声。
甘えてしまいそうになる自分がいた。
「……どうして、私なのか。正しいかはわからないままなんだが」
「……」
いつになく寡黙な王子が口を開いた。
「まず、僕らがなぜ同じ年に入学するかは知ってる?」
「交流し、連帯を強めるためだろう?」
「人質だよ」
ラピスがさらっと笑った。
「連合国の協調が崩れたとき、僕らの身柄が王都にあることが、武力行使をさせない最後の抑止力になる。
今は連合国を治めているのは火のイグニストだから、パワー上は実質ファルベン連合国≒イグニスト帝国だ。アレンは自由に帰っていい。
でも僕らはそうもいかない。ま、今帰りたいわけじゃないからいいんだけどネ」
「それじゃあ、アレンがイグニストに行くのはなぜだ」
"落ちこぼれ"ーーーそうアレンが罵られていたことは一応伏せておいた。
「帝国が焦っているのは確かだし、アレンも名誉挽回したいのはその通りだろうけど……
わざわざ彼に向かわせるのは……ごめん。わからないね。内側の事情があるんだろう。
でも、君の同行を求めた理由は……」
少し言い淀んでから、しかしラピス王子は言い切った。
「
何者かも、反乱の理由も、何もわからないが、ヤツが君に執着してることは確かだ」
フォトナもまっすぐに見つめ返す。
「帝国にとってこの混乱の早期解決が至上命題である以上、君という因子を餌に、わざと帝国に誘い込むのが目的じゃないかな。
帝国の軍事力は随一だ。自由に動ける国の中で、やつらが動きさえすれば、そしてあわよくば拿捕できれば、万々歳だ。
当然危険だよ。でも僕も……君を守れなかったわけだから」
「私を……守る?」
「……君が魔力を使えるようになったのはなぜか、セレニアでも何もわからないの?」
「ああ……」
フォトナは自らの手を見つめる。
「君の国で教えられている歴史は、少し違うんだよね。今のファルベンができる前、その……」
「うん。仇なし併合された、という教えとは多少、異なる。まあ、おとぎ話だがセレニアは元々―――まあ、この話はいい。
私も含めて、とにかく私達セレニア国の人間は女神の加護を受けられなかった。だから魔法を使えない。
うちの人間は、魔力が使えないのが当たり前だからそを受け入れてる。
ところがどっこい、それがひっくり返った。それにもヤツが絡んでると」
ははっとフォトナは気丈に笑った。
「こんなのどう考えても行くしかないさ。これもまあ、受け入れるしかないだろう。そういう運命だと」
「フォトナちゃん………」
二人の柔らかな雰囲気を遠くからの声が遮った。
「おい、こんなところで何している!」
「ソルヴァ!?」
なにやら鞄を抱えてこちらに歩み寄ってくる。
「まっすぐ寮に帰っていないと思ったら、全く……」
ソルヴァが広げた鞄の中には、貴重そうな魔具たち―――
―――短剣の数々、杖、宝石の入ったナイフまでが、無造作に詰め込まれていた。
「わあ、護身具だね。どれも綺麗だ」
「どうしたんだこれ」
「どれでもいいから持っていけ。まさか手ぶらで行くつもりじゃないだろうな」
「私に?これを?」
「どうせラピスから話されただろう。グリニストで何をされるか俺達にもわからん。どれか使えそうなものはないか」
きょとんとしていたフォトナが、ふっと笑った。
「なんか……変わったな。ソルヴァ」
「は?」
「うん。お母さんみたいだ」
「貴様今なんと…」
「ありがとう、ソルヴァ。一応客人として参じるんだ。武器の携行はやめておくよ」
「そんなもの隠せばいくらでも……」
おーいフォトナちゃーん!
見るとネピア王子とエリック王子も駆けつけてきた。こいつらなぜここにいるとわかるんだろう……
「あのね、フォトナちゃん」
エリック王子が耳元で伝えた。
「イブリスが危篤を抜けたって。サマンサちゃんが」
フォトナは思わず立ち上がった。そして、そのまま脱力して座り直した。
「そうか」
「でも、意識はまだ……」
「そうか、…そうか」
「こっそり聞いたんだ。とにかく、命は大丈夫だろうって」
滲んだ涙をぐいっと拭いて、エリックを力いっぱいに抱きしめた。
「わっ!?」
「ありがとう、エリック。……ありがとう」
「……えへへ、正式には公表されてないから、内緒だよ」
ぱっと見上げたエリックがうるうると訴えかける。
「ねえ、本当に行くの?やっぱり今からでもやめておいたらぁ??」
「……」
隣でも、ネピアが心配そうにフォトナを見つめる。
二人に、フォトナは微笑み頷いた。
「大丈夫だ、ありがとう。心配してもらえるだけ私は幸せ者だな。
自分の使命を果たすよ。もうなんだか、そうとしか思えなくなっていてね」
夕焼けの下、別れを惜しむ王子達に囲まれ、フォトナは不思議な気持ちでいた。
シエラを失ってから、茫漠とした孤独感に占められていた胸の内に、温かさが染み入るようだった。
ルカ―――
私はいつのまにか、友に恵まれていたよ。
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