第19話 月の儀式と始まり(2)


地面に手をつき、真っ先に怒号のような詠唱を響かせたのはゲルハルトだ。

大地の盾よ、テラス・ムメントゥ・守れエスクード!!」

すぐさま生徒達との頭上を紫色の透明な分厚い幕が覆った。地面の魔法陣が光り浮かぶ。

シュレーマンが後方を振り向き、精緻に杖を振るった。

雷、トドラ・スト遮れリクス!!」

バチバチと火花を散らすような雷が生徒達と親族達を囲み、何をも寄せ付けない強大な火花を散らした。

対照的に、ローブの男達に囲まれた貴賓席は誰も動けずにいる。衛兵達と同じ人数だけ真横に構える、黒い男達が剣を突き付けているからだ。


上空を覆うバリアの中、状況を飲み込めないフォトナは思わず隣のシエラが無事か見た。

「これは、いったい、シエラ」

「ええ、聞こえました?」


首元が氷を当てられたように冷たい。


「シエラ?」


「動かないでくださいませ、フォトナさま」


いつも通りの微笑みを浮かべたまま、シエラがフォトナの首にナイフを当てていた。


キャアア、キャアアアアア!!

パニックを起こした生徒達が一斉に二人から逃げ惑い、転ぶ者もいる。


「お嬢さん、物騒なもん持ち込んじゃダメだよ」


手を前方に突き出したサイラスがシエラの後ろから歩み寄ると、光を帯びたナイフが熱された氷のようにドロドロと溶け落ちた。

チッと舌打ちをして飛びのいたシエラがポケットをまさぐる。


「あら。昼行燈も動くことがございますのね」

「最近のガキはわかってねぇ~なぁ」


剣を抜いたサイラスとシエラが間合いをとりギリギリと対峙したのも刹那、サイラスが信じられない速度で接近した。

サイラスが目にもとまらぬ速さで火炎をまとった剣を振りかざすと、熱風に耐えきれなかったシエラの右手が忍ばせた杖を取り損ね、その場に手をつき倒れこむ。

シエラの頭があった空間が業火に焼かれた。地面に這ったまま後ずさりしたシエラが焼け焦げた右腕を左手で抑える。あの美しかった髪ごと右頬も焦げていた。

貴族学園ここの先公ってさぁ、一応エリートなんだよね」

「……ふふ、乙女の髪を雑に扱うもんじゃなくってよ」

「オトナを舐めるんじゃないよ」


殺意を漲らせたサイラスが返し刀で確実にシエラの胴体を捉えた瞬間だった。


シエラが、消えた。


クソッ。サイラスは毒づきながら即座にフォトナの頭を抱え込み伏せる。

どこ行った――― 周囲を素早く見渡したサイラスが女神像の方に目を向けた瞬間、叫んだ。


「イヴ、やめろーーーッ!!!!」


遥か先、飛び上がったイヴリス騎士団長が単身、王の前の黒いローブに斬りかかっていた。


とったあああああああ!!!

咆哮がここまで聞こえてくるようだった。


次の瞬間、イヴリスの身体はぼうっと不気味に浮かび上がった。

腰が本来とは逆のくの字に折れ曲がっている。そのまま、まるで大岩を落とすように地面に叩きつけられた。

ドオン!!と響いた地鳴りと共に、黒いローブの男の男が姿を消した。


耳元でバキバキと嫌な音が鳴り、フォトナの頭は解放された。

サイラスの左腕もまた―――すべての関節が逆に折れ曲がっている。

とっさにうずくまったサイラスが、それでも、右手で剣を握り直した瞬間だった。


「フォトナ」


シエラがいたはずの目の前に、黒いローブの男が跪いている。


優しい声がフォトナに届いた。



「迎えに来たよ」



フードを外し微笑んだのは、パーティーの夜の男だった。



「総員、退避、撃て——————ッ!!!!!」

怒号が響き渡り、男が数々の飛んできた光、雷と炎に燃やし尽くされた。

消し炭も残さない勢いで燃やし尽くされたその場にはしかし、煙が晴れても死体の欠片もない。


おい見ろ、あそこだ!


男は、女神像の上に出現していた。

女神の頭を踏みつけるようにして立ち―――いや、浮かんでいる。隣にボロボロのシエラの肩を抱いている。

衛兵達に取り囲まれ愕然としたままの王を見下ろした。即座に衛兵たちが肉の壁を作る。

口元が動き、何か言ったようだったが当然この距離では聞こえない。


しかし、その視線が、明らかに遥か先のフォトナを捉えた。


「 ま た ね 」


口の動きと合わせて、フォトナの脳裏に声が響いた。


突然、ゴゴゴと大地を揺らす轟音が響き渡った。時計台の方からだ。

先程王が出てきたばかりの塔の門がいつの間にか開いており、影が徐々に大きくなった。


不気味な影の形が広がり、やがて一つの形を結び収斂する。


―――黒い竜が、顔をのぞかせていた。


ゴオオオオオと地鳴りのような咆哮を上げると、その巨大な体をくねらせながら大道へとうねり出てくる。

大道を土石流のような勢いで突き進むと、その背に男とシエラが飛び乗り、竜は飛び立った。

その巨体を存分に見せつけるように上空高く浮かび上がると、空を泳ぐようにして光の中に消えていった。


竜が過ぎ去ったはずの道は何の跡もない。

本来なぎ倒されるべき人々が傷一つなく呆然と立ったまま。ローブの男達も忽然と消えた。


衛兵が急ぎ王を連れ戻し、すぐさま騎士達による貴族達への避難統制が始まった。

「イヴリス、お願い、イヴリス」

ようやく大騒ぎとなった広場の雑踏に、変わり果てたイヴリスの身体を抱き治癒の光を放つ、サマンサの悲痛な声が響き渡った。


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