第18話 月の儀式と始まり(1)


広大な魔術学園の中心に聳え立つ時計塔。

そこからは馬車が五台はすれ違える大きな道がまっすぐ門扉へと伸びている。

大道の中央にある大広場のさらに真ん中にある台座、最もよく目立つ場所に、今日だけは巨大な石像が据えられていた。


連合国の信仰対象。セレーナ女神像だ。


目を閉じた美しい女神の手には、一抱え程もある輝く大きな水晶玉———ファルベン宝珠を支えている。

一見透明な宝珠だが、内には魔力を包じて柔らかな光が息づくように渦巻く。

このような特別な日にしかお目にかかれない、崇高なモニュメントだ。


大広場の時計塔側は広く開けられ、挨拶と儀式を行う見晴らしのいい舞台となっている。

一方、門扉側には、女神像の中心を囲む扇状にベンチが置かれ、臨時の貴賓席が設けられていた。女神像からたっぷり馬車二台分は離れている。国ごとに分かれ、煌びやかに正装した選ばれし貴族と行政官がゆるりと座っている。周りを厳粛な面持ちの衛兵が並び立つ。

その最前列のさらに前には王子達が後ろ手に立ち、そろそろ終わろうかという行政官による挨拶を傾聴していた。


大広場の反対側、門扉へ続く大道には最前列を教師として生徒達が整列している。ここからでも陽に全身を輝かせる王子が見えた。

さらに後ろの街側に、生徒達の親族をはじめとする関係者達が集まっていた。


……見慣れた大人が正装をしていると不思議な感じがする。

生徒達の前に並び立つ教師陣には、いつもの先生達もいる。ゲルハルト教授、シュレーマン教授、サマンサ師………

皆が、かがり火を手にしている。

今日ばかりはサイラス師も———ん?いない………あっ。

振り向くと、生徒達の後ろに目立たぬようにそーっと立ち……時折あくびをかみ殺した表情で突っ立っている。ギリギリ正装はしているが、髭も剃らなくていいのか。そしてそこは本当に指定位置なのか??

フォトナの視線に気づくと、チッと舌打ちが聞こえそうな顔ですごすご別の生徒の陰に隠れた。

なんなんだあいつ………


整列がそろそろ終わろうかというギリギリに、フォトナはシエラの隣に滑り込んだのだった。

「よかった、間に合って……!」

「ああ、待たせてすまん。肉はまだあるかな……式が終わってすぐ走れば………」

「まったくもう……ほら、もう少しで始まるはずですわ。あっフォトナさま!見て、太陽が」


日食が、すでに始まっていた。太陽を隠す影が半ばになろうとしている。


遠く、二人の衛兵によって時計塔の門が開いた。

美しい剣を目前に構え恭しくも凛々しく進むイヴリス騎士団長が騎士団を率いている。

騎士団の後に連なり、衛兵達と並んで出てきたのが―――


ファルベン連合国王 兼 グリニスト帝国 ヴァツラフ王だ。


かがり火を手にした王を中心とする隊列がゆっくりとした速度で女神像に近づき、厳粛な空気が運ばれる。

前を進む衛兵達が二手に分かれ、道を開き、敬礼した。その間から王が歩み出る。

恰幅のいい身体を真っ白な正装で包んでいる。

視力のいいフォトナが背伸びし、目を凝らすと、燃え上がるような赤髪を後ろに垂らし、王冠が輝く王がチラッと見えた。

「へえー、結構もじゃもじゃしたおっさんなんだな」「シーッ!なんてことを…」

「神主さんみたいな恰好してんな」「カヌシ?」「そこ、喋るんじゃない!」


日食が進みあたりがほの暗くなってきた。

女神像の前で連合国王が跪き、祝詞を読み上げ始めた。


「ヴァツラフ・グリニスト・ゼノンが申し上げ奉る」


声量を魔力で増強しているのだろうか。腹の底に重低音が響いた。


ヴァツラフ王の言葉の始まりと重なるように、世界が夜になった。


「我らの偉大なる父月よ、慈悲深き母月よ。

 陽を隠されし今、この時、豊穣の願いを聞き届けん。

 我らファルベン連合国、そして女神の慈悲を受けたる五王国、

 それぞれの地に宿る恵みに感謝し、未来への繁栄を祈念する。


 グリニスト帝国よ、

 燃え盛る炎のごとく、情熱と活力に満ちた地よ。

 我らに希望を灯せ。


 アクアヴィスタ公国よ、

 深く、恵みと知恵に満ちた穏やかな波よ。

 我らに叡智をもたらせ。


 エルフェイム共和国よ、

 静寂と安らぎに満ちた生命の息吹が溢れる森よ。

 我らに安息をもたらせ。


 オーリア王国よ、

 煌めく黄金のごとく、輝きと繁栄に満ちた地よ。 

 我らに繁栄をもたらせ。


 テラスト聖国よ、

 大地の恵みを受け、慈悲と実りを育む地よ。

 我らに堅牢をもたらせ。


 我らファルベン連合国は、恒久平和の営みを誓おう。

 この祈りが、月に届かんことを。


 女神セレーナの御名の下に」


夜の世界の中で、空には金環がかかり、かがり火が煌々と輝いている。

不思議な静寂があたりを包み込む。



その時だった。



「動くな」



内側から声がした、ように聞こえた。

再び陽光があたりを照らしたとき、状況は一変していた。


女神像の周りを宝珠を背にして不気味な白いローブの男達が囲んでいる。

王子達を先頭とする貴賓席の前には黒いローブの男達。

そして王は———膝をついている。その両肩には、一際背の高い黒いローブの男の手が置かれていた。



キャアアアアアッ



どこから悲鳴が出るのが先か、大混乱が始まった。



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