第5話 魔術学授業と失望


屋外教室と使われている広場できちんと整列して膝を抱えて座る生徒たちを前に、魔術学の講義が始まってもう四半刻は過ぎている。


学園内で魔力を使うことは禁じられている。唯一使っていいのがこの魔術学の授業中。期待に反して長々と続く座学の復習に、ウズウズしていた生徒達はとっくに痺れを切らしていた。


「―――さて、ここまでが体内における魔力の器から錬成させる流れのおさらいだ。

 これから実践に移るが、賢明な諸君らは暴発させることはないと期待している。

 杖を配る。順に、あの的の間に魔力球を当てなさい。

 まずは基礎から。己が血に合わせたなるべく小さく美しい魔力球を練り上げることに集中すること」


魔術学担当の教師、金髪を固めたシュレーマン教授が生真面目そうに眼鏡を上げた。

ようやく実践だ。皆伸びをしてから三々五々杖に力を籠め、的を狙い始めた。


草原に並び立つ背丈程の二本の対になった木の枝が、的と呼ばれた。枝の間には拳3個分程度の空間が空いている。生徒らに近いところから順に、森に向かって十対程立てられていた。

その間に正しく魔力球を通すと光る仕組みのようだ。


その列が五つ連なっている。出身国ごとに並び、それぞれの魔力に応じた光の玉が発射された。


真っ先に撃ち始めたグリニスト帝国の生徒からは真っ赤な球が発射されると、何もなかった的に小さな魔法陣が出現し、ぼんやりと光った。魔力の大きさに反応するらしい。

配られた杖は、初心者でもうまく体内の魔力を集中させる媒介となる仕組みのようだ。

たいていの生徒は、できても二対目まで、それも的を弱弱しく光らせているのみ。

案外狭いところを強い魔力で狙い撃ちするのは難しいらしい。


フォトナはと言うと……


………生徒達とは大分離れたところで杖を相手にフン!フン!と四苦八苦している。


セレニア出身者魔力なしに興味が完全にないといった調子のシュレーマン教授から、「好きにしろ。筆記で単位はくれてやる」と言い放たれてはいたものの、まぁ、ものは試し。


初めて持つ杖に、まずは力を込めてみる。


ここで通常の生徒は杖の上部が光るのだが、フォトナのものは……うんともすんとも。


もう一度…。

もう一度……ぷしゅっ。……お?うーん…。

身体の気の流れを杖に込めたところで、光りはしないが気の抜けるような力の感覚があった。



「…………話は本当だったのだな」


音もなく近づいた大きな影に、ヒッと声を上げ振り向くと、褐色肌の大男


―――テラスト聖国 ネピア王子が、陽光に栗毛を透かし、じっとフォトナの手元を見下ろしている。


「フォトナちゃーん!遊びにきたよっ」


ネピア王子の腰あたりからぴょこりと巻き毛を揺らし、エリック王子がきらきらの笑顔を覗かせた。

ネピア王子は、遊びに来たんじゃないと言わんばかりにエリック王子の頭をこつんと叩くと、フォトナの手から静かに杖をとり、握り直させた。


「……」


フォトナの肩を左手でぐっと抑えてから、杖を握る人差し指まで、血流を流すように右手を滑らせる。無骨な両腕からは想像できないほどの優しい力だった。


こういう感覚でやれ、ということなのだろう。


ぷしゅっ……ぷしゅーー。

おおっ?


さっきよりはマシのようだが、なかなかうまくいかない。


己の鍛錬に他人を付き合わせることのないフォトナは、ネピア王子を付き合わせることに申し訳なくなってきた。

エキゾチックな異国の香りを漂わせるネピア王子との、体温が伝わりそうな距離感にどこかむずむずとした居心地の悪さも―――なくはない。


「あ、ありがとう。ここからは己の力でやってみたい」

「……?」


ネピア王子は黙って首を傾げる。

突然、ドン!!という衝撃音が響いた。


「ねえ、できないのってこれのこと?」


遥か先、森の始まりで一本の木が揺れている。


あれを撃ったのか……。生徒達のどよめきがここまで聞こえる。

やれやれ、と息を吐いたネピア王子が、フォトナに向かって頷いた後、放せー!放せよ~~!!と騒ぐエリック王子を抱えて去っていった。


―――王族の考えることは、わからない。




授業が終盤に差し掛かる頃には、生徒達が徐々に飛距離を伸ばしていた。

特に優秀な者が飛ばすと歓声が上がる。楽しそうだ。


「………フォトナ」

「はぁ、はぁ、はぁ、はい、先生」

「もうやめにしろ。顔色が悪い」

「ですが、先生」

「保険室に行け。倒れられては困る」


建物を指さすシュレーマン教授の眼鏡の奥の瞳が口答えは許さないと言っていた。



フォトナの杖は、光らないままだった。

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