第4話 貴婦人とランチ
「あのアレン王子様と、決闘!?」
シエラが細い指先でつまんだパンをぽろりと落としかねない声を上げた。
「そんな大層なものじゃない」
「フォトナさんたら本当に、階級なんか関係なく突き進んでしまうんだから……」
「おいおい、一応私は皇女だぞ……なんてな。
これだけ立場のない私たちセレニアの民が権威を敬う理屈がどこにある?
まぁ、大国の貴族達からすれば村長くらいの扱いなのは十分わかってるさ」
「あらやだ、筋肉番長なんて申し上げていませんわ」
「そ、そんなこと思っていたのか!?うう………………
………………フンッ!」
上腕二頭筋を見せつけてからむしゃむしゃとパンを頬張るフォトナ、吹き出して笑う隣のシエラ。小さな池を中心とした美しい中庭のベンチで、二人での昼食がすっかり恒例となっていた。
シエラと友達になれたことは、フォトナの中で大きかったと認めざるを得ない。
シエラ・コラールド令嬢。アクアヴィスタ公国では確か…子爵だったっけな……
少し灰色にくすんだ髪色が王族と血縁が遠いことを意味する。
それでも、ハーフアップの髪は紺色のリボンで上品に整えられている。政治情勢含めて誰も貶めずに慎ましく、さりげなく、こうして昼食のたびにフォトナが勉強では得られない情報を惜しまずに話してくれる。
例えば、各国に生まれる王子のうちいずれかは、他国の王子と時を同じくして王都学園に入学する決まりとなっている。
ここまでは知っていても、それが五王国の連帯を強めるためであること。また、ここにいるのは例年とは比較にならない熾烈な倍率を潜り抜けた貴族達であること。
セレニア国から初めて入学するフォトナにはそういった"内側の"知識が圧倒的に足りなかった。
謙虚なシエラでも、相当の勉学を積んだのだろう。どこまでも親切に気品溢れる小さな貴婦人を前にすると、素直に田舎者だと認められる自分がいて、それがなぜか心地いいのだった。
「グリニスト帝国は圧倒的な軍事力を誇る帝国ですし、スパルタ教育が盛んと聞きます。
伝統的に父兄が強くて、血気盛んなところがあって。なんというか、女性相手に…」
野蛮だと言いたいのだろう。品の良いシエラが口をつぐむ。
「逆に、私のアクアヴィスタ公国は港もあるし交流も盛んで、争いを好まない穏やかな人が多いかもしれません。
ただ、ソルヴァ王子様は―――その、本当は優しい方なんですよ。本当に綺麗な方……公国の女の子は皆一目見ようと必死ですのよ。
こんな近くで動いているのを見られる生活、夢みたい……本当に……」
やはり自国の頂点に立つ男は良く見えるものなのだろうか。
そこは年頃の女子らしく、自然と熱が入りほわーっとしているシエラとは反面、フォトナは教室で射すくめられたソルヴァ王子の怜悧な視線を思い出し身震いした。
「王子同士ってのはどういう関係なんだ?よくつるんではいるようだが、仲良くも見えないが……」
「うーん、まぁ基本的には幼い頃から交流がありますから、敵対するわけではないのでしょうけれど、ライバルではありますよね。背負っている国の関係でも変わるので一概には言えませんが。
どうしてもお国ごとの性格同士、相性というものもございますし……。
ただ、戦争が終わって百余年。特にヴァツラフ王の御世になってからの二十五年間は、政争もないと聞きます。比較的友好な関係のはずですよ。
特に、エルフェイム共和国とテラスト聖国のお二人は幼馴染って聞きます。オーリア王国王子も入学はしているはずですけれど……」
「確かに、見たことがないな」
「ソルヴァ様と負けず劣らず、オーリア王国の王子様は絶世の美男子と伺っております」
力強く頷くシエラに今度はフォトナが吹き出しそうになる。
「それにしても、ドリニスト帝国王子相手に剣で打ち負かそうとしてしまうなんて、さすが文武両道のフォトナさんですね」
「ふっふっふ、そんなことはまぁ、ないわけでもないかもしれないが?…フンッ!」
「ふふ、セレニア国ご出身なら魔力も持てないのに、怖かったでしょうに……」
ハッとしてすぐにご、ごめんなさい!と真っ白な顔を青ざめさせ何度も謝るシエラを、微笑んで制する。
「いやいいんだ。本当のことだから。私に魔力は使えないよ。ひょっとしたらと思ってはいるんだが……」
手を見つめる。
セレニア国は竜の加護を受けられず、うんたらかんたら。だから魔力は使えない。
シエラと話すと、その歴史認識がゆるぎなく浸透していることは明らかだった。
「それに、愉快じゃないか?この私がこの連合国の中枢を目指すんだ。
官吏でも軍人でも、私がトップの成績を収めれば、きっとセレニアを見る目も変わるだろう」
「……フォトナさん、私、あなたに会えて本当によかった。苦手な計数やダンスの授業のときも、思い出すのよ。フォトナさんみたいに、頑張らなきゃなって思うの」
「ありがとう、シエラ。私もあなたに救われている……!」
これが、友情―――
思いが高ぶるあまり胸が熱くなったフォトナは掌中のフルーツをグシャッ!と握り潰した。
ドン引きしているシエラが視界に入らないまま、果汁滴る拳を握りしめ不敵な笑みを浮かべる。
「私も、いよいよ次がお楽しみ………魔術の時間だ」
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