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宗像さんとの約束の日、当日の放課後。僕は、旧校舎へと続く長い階段を、登っている最中だった。それには訳がある。

今朝、僕は宗像さんにどう話しかけようか迷っていた。嫌われないか、挙動不審じゃないか、引かれないかとか考えているうちに、どんどん鬱になっていく。

「おはよ、大丈夫?」

挨拶、された——?

信じられない、心臓が早鐘を打つ。てか、僕のことを心配してくれている?この学校にそんな人がいるのか?そんなことを考えているうちに「な、な、何が?」と反射的に言っていた。本来は「大丈夫だよ」とか「心配ありがとう」とか言うべきなのだろうがそこまで頭が回らなかった。

「いや、なんか顔色悪そうだったし……挙動不審だったから」

「挙動不審……?」

「そう、挙動不審」

ショックと、心配してもらった嬉しさが綯い交ぜの状態で、不安な気持ちになる。

「そういえばさ、今日の感想会の話、旧校舎の方が静かでピッタリだと思うんだけど、どう?」

「よろしいと思います」咄嗟に僕は意味のわからない敬語を使ってしまった。

「なにその敬語」と言って宗像さんは笑みをこぼす。

「じゃ、放課後、旧校舎で集合ね」言い残すと彼女は足早に校舎の方へと走っていった。


それで旧校舎といった具合だ。

僕の通っている文命海ぶんめいかい高校には、グラウンドや体育館が併設されている新校舎と、少し山の上にある旧校舎の二棟で構成されている。

新校舎は現在、主に使われていて僕や宗像さんの所属する、二年A組、普通科、特別進学コースもこの校舎にある。一方、旧校舎側は使われることはなく、そのため生徒や教師も滅多に立ち入らない。使用の禁止はされていないものの、不気味がって変な噂が立ったり、そもそも旧校舎の存在を知らない生徒もままいるそうだ。

だからこそ、今日に限っては都合が良かった。



やっとのことで、旧校舎の昇降口まで辿り着いた僕は、彼女を待たせていないかと心配しながら、“文芸部”と書かれた表札を目印に廊下を歩く。見つけて扉を開けてみると、まだ誰もいなく、ホッとひと息をつく。どうやら宗像さんはまだきていなかったらしい。僕は適当な椅子に座り、バッグからあの特徴的な表紙の本を取り出して読み返す。

少し時間が過ぎて、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

やがて、扉が開き「ごめん、待った?」と白いヘアバンドをした少女が息も絶え絶えに聞いてくる。

「いや、今きたところだよ」

僕は定型的な返答をしながら、宗像さんに深呼吸をするように助言する。

しばらくして、落ち着きを取り戻した彼女は、「私のせいで遅くなったけど感想会、しようか」と持ち出す。

「そうだね、しようか」僕も、その提案に乗る。

かくして、色々あったが、感想会の幕が開けた。


「『推し、燃ゆ』読んだよ……。僕も色々と考えたけど、よくわからないところもあって……」

色々と脳内で練習したはずなのに、全然思い通りに行かなかった。

すると、彼女は少し驚いたような様子で「読んでくれたんだね」と静かに言った。

初夏に差し掛かり、窓の外では青々とした木々が風に靡き細やかな音を立てる。それと同時に陽光が差す。宗像さんとその情景の相性があまりにも美しすぎて、彼女のそう言うところはやっぱりずるいなと思う。

彼女は僕のタイミングに合わせて、相槌を打ってくれた。そのおかけで、一通りの感想を伝えることができた。

その時初めて、宗像さんへの好意を自覚した。


そこから一時間にわたって感想会は続いた。お互いどんなところに着目して読んでいるのかがわかって、それも面白かった。

ふと時計を見ると、時刻は6時を回っていて、そろそろお開きの時間になる。


「楽しかったよ!次は君の選んだ本で感想会、したいね!」

”という言葉に、少々戸惑いながらも、僕も答える。

「ああ、宗像さんさえ良ければ次もやろう。選ぶん本は交代で選ぶのもいいかもね」


——それ、賛成!

そんな彼女の言葉で、今日の感想会は締めくくられた。

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