3
宗像さんとの約束の日、当日の放課後。僕は、旧校舎へと続く長い階段を、登っている最中だった。それには訳がある。
今朝、僕は宗像さんにどう話しかけようか迷っていた。嫌われないか、挙動不審じゃないか、引かれないかとか考えているうちに、どんどん鬱になっていく。
「おはよ、大丈夫?」
挨拶、された——?
信じられない、心臓が早鐘を打つ。てか、僕のことを心配してくれている?この学校にそんな人がいるのか?そんなことを考えているうちに「な、な、何が?」と反射的に言っていた。本来は「大丈夫だよ」とか「心配ありがとう」とか言うべきなのだろうがそこまで頭が回らなかった。
「いや、なんか顔色悪そうだったし……挙動不審だったから」
「挙動不審……?」
「そう、挙動不審」
ショックと、心配してもらった嬉しさが綯い交ぜの状態で、不安な気持ちになる。
「そういえばさ、今日の感想会の話、旧校舎の方が静かでピッタリだと思うんだけど、どう?」
「よろしいと思います」咄嗟に僕は意味のわからない敬語を使ってしまった。
「なにその敬語」と言って宗像さんは笑みをこぼす。
「じゃ、放課後、旧校舎で集合ね」言い残すと彼女は足早に校舎の方へと走っていった。
それで旧校舎といった具合だ。
僕の通っている
新校舎は現在、主に使われていて僕や宗像さんの所属する、二年A組、普通科、特別進学コースもこの校舎にある。一方、旧校舎側は使われることはなく、そのため生徒や教師も滅多に立ち入らない。使用の禁止はされていないものの、不気味がって変な噂が立ったり、そもそも旧校舎の存在を知らない生徒もままいるそうだ。
だからこそ、今日に限っては都合が良かった。
◇
やっとのことで、旧校舎の昇降口まで辿り着いた僕は、彼女を待たせていないかと心配しながら、“文芸部”と書かれた表札を目印に廊下を歩く。見つけて扉を開けてみると、まだ誰もいなく、ホッとひと息をつく。どうやら宗像さんはまだきていなかったらしい。僕は適当な椅子に座り、バッグからあの特徴的な表紙の本を取り出して読み返す。
少し時間が過ぎて、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
やがて、扉が開き「ごめん、待った?」と白いヘアバンドをした少女が息も絶え絶えに聞いてくる。
「いや、今きたところだよ」
僕は定型的な返答をしながら、宗像さんに深呼吸をするように助言する。
しばらくして、落ち着きを取り戻した彼女は、「私のせいで遅くなったけど感想会、しようか」と持ち出す。
「そうだね、しようか」僕も、その提案に乗る。
かくして、色々あったが、感想会の幕が開けた。
「『推し、燃ゆ』読んだよ……。僕も色々と考えたけど、よくわからないところもあって……」
色々と脳内で練習したはずなのに、全然思い通りに行かなかった。
すると、彼女は少し驚いたような様子で「読んでくれたんだね」と静かに言った。
初夏に差し掛かり、窓の外では青々とした木々が風に靡き細やかな音を立てる。それと同時に陽光が差す。宗像さんとその情景の相性があまりにも美しすぎて、彼女のそう言うところはやっぱりずるいなと思う。
彼女は僕のタイミングに合わせて、相槌を打ってくれた。そのおかけで、一通りの感想を伝えることができた。
好きだ。
その時初めて、宗像さんへの好意を自覚した。
そこから一時間にわたって感想会は続いた。お互いどんなところに着目して読んでいるのかがわかって、それも面白かった。
ふと時計を見ると、時刻は6時を回っていて、そろそろお開きの時間になる。
「楽しかったよ!次は君の選んだ本で感想会、したいね!」
“次”という言葉に、少々戸惑いながらも、僕も答える。
「ああ、宗像さんさえ良ければ次もやろう。選ぶん本は交代で選ぶのもいいかもね」
——それ、賛成!
そんな彼女の言葉で、今日の感想会は締めくくられた。
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